富田高至 編者
和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年
下 75 三十二丁裏 三十三丁表
三十二丁裏
◯をかし、男、伊勢の國にて、世帯してならんと
いひけれは、女、
大淀の 濱に生てふ海松なりと
心のまゝに くひてあれかし
といひて、まして酒もなかりけれハ、男、
袖ぬれて 海人のかりほす青苔や
見るをさいにて やまんとやする
女
五月より てくる麦食あらなくハ
しほにつけたる 貝もあらなん
又、男、
なみたにそ ぬれつゝしほる濁り酒
三十三丁表
からきこゝろハ 鼻をはつくか
よに落ちふれ出たる 女になん
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
大淀の 濱に生てふ海松なりと
心のまゝに くひてあれかし
といひて、まして酒もなかりけれハ、男、
袖ぬれて 海人のかりほす青苔や
見るをさいにて やまんとやする
女
五月より てくる麦食あらなくハ
しほにつけたる 貝もあらなん
又、男、
なみたにそ ぬれつゝしほる濁り酒
からきこゝろハ 鼻をはつくか
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
大淀の 濱におもふてみるからに
心はなぎぬ 語ら破ねども
袖ぬれて 海人のかりほすわたつみの
みるをあふてに やまむとやする
岩間より 生ふるみるめつれなくは
潮干潮満ち かひもありなん
涙にぞ ぬれつゝしぼる世の人の
つらき心は 袖のしづくか
海松 (みる)
松は異体字
木冠に公 →松
古文書などで度々使われる。
海松 (みる)
1 海岸に生えている松。
2 ウミカラマツの別名。
3 海藻「みる」にあてた「海松」の訓読み。
「おぼつかな今日は子(ね)の日か海人(あま)ならば―をだに引かましものを」〈土佐〉
てくる麦食
出くる麦飯