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『古今集遠鏡 巻一』 12  古今集遠鏡  はしがき 六オ  本居宣長

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 『古今集遠鏡 巻一』 12  古今集遠鏡  はしがき 六オ  本居宣長  

 

『古今集遠鏡』6冊。寛政5年(1793)頃成立。同9年刊行。

 

 

はしがき六オ

雅事(ミヤビゴト)と俗事(サトゴト)と、いふやうのたがひ也、又「てにをは」も、ところをかへて訳

すべきあり、「ものうかるねに鶯ぞなく」など、「ものうかる春にぞ」と、「ぞ」も

じハ、上にあるべきことなれども、さいハひがたき所に、鶯の下におけるなれば、

其こゝろをえて、訳(ウツ)すべき也、此例多し、皆なすらふべし、ふべし、

◯「てにをは」の事、「ぞ」もじハ、訳すべき詞なし、たとへバ「花ぞ昔の香ににほひける

のごとき、殊に力(ラ)を入(レ)たるぞなるを、俗言にハ、花ガといひて、其所にちからを入れ

て、いきほひにて、雅語のぞの意に聞(カ)することなるを、しか口にいふいきほひハ、物

にハ出るべくもあらざれバ、今ハサといふ辞を添(ヘ)て、ぞにあてゝ、花ガサ昔

ノ云々と訳す、ぞもじの例、みな然り、こそハ、つかひざま大かた二つある中に、

「花こそちらめ、根さへかれねや」などやうに、むかへていふことあるハ、さとびごと

 

 

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ものうかる(春たてど  花も匂はぬ  山里は  ものうかるねに  うぐひすぞ鳴く 在原棟梁(むねやな)は、生年は不詳で898年没。在原業平の長男。885年従五位下、897年従五位上。古今和歌集にはこの歌を含めて四首採られている。

  立春になったが、花も咲きそろわない山里では、ものうげな音色でウグイスが鳴いている、という歌。 「春-花-鶯」という春の言葉のセットを含んでいて、そこに 「山里」という場を提示することにより、三者のバランスの 「崩れ」を詠っている。

ものうがる(物憂鬱がる)

ラ行四段活用 活用{ら/り/る/る/れ/れ}なんとなくおっくうがる。気が進まないと思う。出典源氏物語 少女「浅葱(あさぎ)の心やましければ、内裏(うち)へ参ることもせず、ものうがり給(たま)ふを」[訳] (夕霧は)六位の浅葱色が不満なので、宮中へ参上することもせず、なんとなくおっくうがりなさるが。◆「がる」は接尾語。

香(か)

殊に( 副 )

① 他と比べてっているさま。特別。  ② (打ち消しの語を伴ってを)取り立てて。たいして。あまり。 ③その上。加えて。

 

 

古今集遠鏡 

 

はしがき一オ 2

   雲のゐるとほきこずゑもときかゞ

     せばこゝにみねのもみちば

此書ハ、古今集の歌どもを、こと/″\くいまの無の俗語(サトビゴト)に訳(ウツ)せ
る也、そも/\此集ハ、よゝに物よくしれりし人々の、ちうさくども
のあまた有て、のこれるふしもあらざなるに、今更さるわざハ、い
かなれバといふに、かの注釈といふすぢハ、たとへばいとはるかなる高き
山の梢どもの、ありとバかりハ、ほのかにみやれど、その木とだに、あや
めもわかむを、その山ちかき里人の、明暮のつま木のたよりにも、よ
く見しれるに、さしてかれハと ゝひたらむに、何の木くれの木、も

はしがき一ウ 3

とだちハしか/″\、梢の有るやうハ、かくなむとやうに、語り聞せたらむ
がそとし、さるハいかによくしりて、いかにちぶさに物したらむにも、人づて
の耳(ミヽ)ハ、かぎりしあれバ、ちかくて見るめのまさしきにハ、猶にるべくも
あらざめるを、世に遠めがねといふなる物のあるして、うつし見るに
はいかにとほきも、あさましきまで、たゞこゝもとにうつりきて、枝さ
しの長きみじかき、下葉の色のこきうすきまで、のこるくまなく、見
え分れて、軒近き庭のうゑ木に、こよなきけぢめもあらざるばかり
に見るにあらずや、今此遠き代の言の葉のくれなゐ深き心ばへ
を安くちかき、手染の色うつして見するも、もはらこのめがね
のたとひにかなへらむ物を、やがて此事ハ志と、尾張の横井、千秋

はしがき二オ 4

ぬしの、はやくよりこひもとめられれたるすぢにて、はじめよりうけひき
てハ有ける物から、なにくれといとまなく、事しげきにうちまぎれて、
えしのはださず、あまたの年へぬるを、いかに/ \と、しば/″\おどろかさる
るに、あながちに思ひおくして、こたみかく物しつるを、さきに神代のまさ
ことも、此同じぬしのねぎことこそ有しか、御のミ聞けむとやうに、
しりうごつともがらも有べかめれど、例の心も深くまめなるこゝ
ろざしハ、みゝなし心の神とハなしに、さてへすべくもあらびてなむ、
◯うひまなびなどのためのは、ちうさくハ、いかにくはしくときた
るも、物のあぢハひを、甘しからしと、人のかたるを聞たらむやう
にて、詞のいきほひ、「てにをは」のはたらきなど、たまりなる趣にいたり

はしがき二ウ 5

てハ、猶たしかにはえあらねどば、其事を今おのが心に思ふがごとハ、里
りえがたき物なるを、さとびごとに訳(ウツ)したるハ、たゞにみづからさ思ふ
にひとしくて、物の味を、ミづからなめて、しれるがごとく、いにしへの雅事(ミヤビゴト)
ミな、おのがはらの内のおとしなれゝバ、一うたのこまかなる心ばへの、
こよなくたしかにえラルことおほきぞかし、
◯俗言(サトビゴト)ハかの国この里と、ことなきとおほきが中には、みやびごとに
ちかきもあれども、かたよれるゐなかのことばゝ、あまねくよもには
わたしがたれバ、かゝるとにとり用ひがたし、大かたハ京わたりの
詞して、うつすべきわざなり、ただし京のにも、えりすつべきハ有
て、なべてハとりがたし、

はしがき三オ 6

◯俗言(サトビゴト)にも、しな/″\のある中に、あまりいやしき、又たハれすぎたる、又
時ゞのいまめきことばなどハ、はぶくべし、又うれしくもてつけていふと、
うちときたるもの、たがひあるを、歌ハことに思ふ情(こゝろ)のあるやうのまゝに、廠
眺め出たる物なれば、そのうちときたる詞して、訳(ウツ)すべき也、うちとけ
たるハ、心のまゝにいひ出したる物にて、みやびごとのいきほひに、今すこ
しよくあればぞかし、又男のより、をうなの詞は、ことにうちとき
たることの多くて、心に思ふすぢの、ふとあらハなるものなれバ、歌のい
きほひに、よくかなへることおほ彼ば、をうなめ きたるをも、つかふべ
きなり、又いはゆるかたしも用ふべし、たちへばおのがことを、うる
はしくハ「わたくし」といふを、はぶきてつねに、ワタシともワシともい日、ワ

はしがき三ウ 7

シハといふべきを、「ワシヤ<」、それを「ソレヤ」、すればを「スレヤ」といふたぐひ、又その
やうなこのやうなを、「ソンナコンナ」といひ、ならばたらバを、ばをはぶきて、ナ
ラタラざうしてを「ソシテ」、よかろうを「ヨカロ」、とやふにいふたぐひ、ことにうち
ときたることなるを、これはた いきほひ にしたがひてハ、中/\にうるハしく
いふよりハ、ちかくあたりて聞ゆるふしおほければなり、
◯すべて人の語ハ、同じくいふとも、いひざるいきほひにしたがひて、深くも浅
くも、をかしくも、うれたくも聞こゆるわざにて、歌ハことに、心のあるようをたゞ
にうち出したる趣なる物なるに、その詞の、いまさま いきほひハ しも
よみ人の心をおしえかりえて、そのいきほひを訳(ウツ)すべき也、たとへバ「春

はしがき四オ 8

されバ野べにまづさく云々、といつるせどうかの、訳(ウツシ)のはててに、へゝ/\
へゝ/\と、笑ふ声をへそたるなど、さらにおのづがいまの、たハぶれにはあら
図、此ノ下ノ句の、たハぶれていへる詞なることを、さとさせりとてぞかし、かゝる
ことをダウぞへざれバ、たハふ(ム)れの善(へ)なるよしの、わらハれがたけれぞかし、
かゝるたぐ日、いろ/\おほし、なすらへてさとるべし、
◯みやびごとハ、二つにも三つにも分れたることを、さとび言には、合をて一ツ
にいふあり、又雅言(ミヤビゴト)ハ一つながら、さとびごとにてハ、二つ三つにわかれたる
もあるゆゑに、ひとつ俗言(サトビゴト)を、これにもかれにもあつるとある也、
◯まさしくあつべき俗言のなき詞には、一つに二ツ三ツをつらねてう

はしがき四ウ 9

つすこちあり、又は上下の語の訳(うつし)の中小、其言をこむることもあり、あるハ
二句三句を合わせて、そのすべての言をもて訳(ウツ)すもあり、そハたとへバ「ことな
らバさかずやむあらぬ桜花などの、ことならばといふ詞など、一つはなち
てハ、いかにもうつすべき俗言なれバ、二句を合わせて、トテモ此ヤワニ早ウ散(ル)クラい
ナラバ一向ニ初(メ)カラサカヌガヨイニナゼサカヌニハヰヌゾ、と訳(ウツ)せるがごとし、
◯歌によりて、もとの語のつゞきざま、「てにをは」などにもかゝハらで、すべて
の言をえて訳(ウツ)すべきあり、もとの詞つゞき、「てにをハ」などを、かたくまも
りてハ、かへりて一かたの言にうとくなることもあれバ也、たとへば「こぞと
やいはむ、ことしとやいはむなど、詞をまもらバ、去年ト云(ハ)ウカ今年トイハ
ウカ、と、訳すべけれども、さてハ俗言の例にうとし、去年ト云タモノデアラウカ

はしがき五オ 10

今年ト云タモノデアラウカとうつすぞよくあたれる、又春くることを「たれ
かしらまし」など、春ノキタトヲ云々、と訳(ウツ)さゞれバ、あたりがたし、「来(ク)る」と
「来(キ)タ」とハ、たがひあれども、此歌などの「来(キ)ぬる」と有べきことなるを、
さはいひがたき所に、「くる」とハいつるなれバ、そのこゝろをえて、「キタ」と訳(ウツ)
すべき也、かゝるたぐひ、いとおほし、なすらへて、さとるべし、
◯詞をかへてうつすべきあり、「花と見て」などの「見て」ハ、俗語には、「見て」と
ハいはざれバ、「花ヂヤト思ウテ」と訳すべし、「わぶとこゝろへよ」、などの類の「こ
たふる」ハ、俗言には、「こたふ」とハいはず、たゞ「イフ」といへば、「難-儀ヲシテ居ルト
イヘ」と訳すべし、又「てにをは」をかへて訳すべきも有リ、「春ハ来にけり」な
どのエモジハ、「春ガキタワイ」と、ガにかふ、此類多し、又「てにをは」を添(フ)べ

はしがき五ウ 11

きもあり・「花咲にけり」などハ、「花が咲いタワイ」と、「ガ」うをそふ、此類ハ殊におほし、す べて俗言にハ、「ガ」と

いふことの多き也、雅言のぞをも、多くハ「ガ」といへり、「花なき」

などハ、「花ノナイ里」と、「ノ」をそふ、又はぶきて訳すべきも、「人しなけれバ」「ぬきて

をゆかむ」などの、「しもじ」を「もじ」、訳言(ウツシコトバ)をあゝハ、中々にわろし、

◯詞のところををおきかへてうつすべきことおほし、「あかずとやなくや山郭公」

などハ、「郭公」を上へうつして、「郭公ハ残リオホウ思フテアノヤウニ鳴クカ」と訳し、「よるさ

へ見よ」とてらす月影は、ヨルマデ見ヨ」トテ「月の影をテラス」とうつし、「ちくさに物

を思ふゝろかな」のたぐひは、「こゝろ」を上にうつして、「コノゴロハイロ/\」ト物思ヒノ

シゲイ「カナ」とやくし、「うらさびしくも見てわたるかな」ハ、「すてる」を上へう

つして、「見ワタシタトコロガキツウマアものサビシウ見エル」「カナ」と訳すたぐひにて、これ

はしがき六オ 12

雅事(ミヤビゴト)と俗事(サトゴト)と、いふやうのたがひ也、又「てにをは」も、ところをかへて訳

すべきあり、「ものうかるねに鶯ぞなく」など、「ものうかる春にぞ」と、「ぞ」も

じハ、上にあるべきことなれども、さいハひがたき所に、鶯の下におけるなれば、

其こゝろをえて、訳(ウツ)すべき也、此例多し、皆なすらふべし、ふべし、

◯「てにをは」の事、「ぞ」もじハ、訳すべき詞なし、たとへバ「花ぞ昔の香ににほひける

のごとき、殊に力(ラ)を入(レ)たるぞなるを、俗言にハ、花ガといひて、其所にちからを入れ

て、いきほひにて、雅語のぞの意に聞(カ)することなるを、しか口にいふいきほひハ、物

にハ出るべくもあらざれバ、今ハサといふ辞を添(ヘ)て、ぞにあてゝ、花ガサ昔

ノ云々と訳す、ぞもじの例、みな然り、こそハ、つかひざま大かた二つある中に、

「花こそちらめ、根さへかれねや」などやうに、むかへていふことあるハ、さとびごと

 


乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 32 抗体検査と抗原検査とPGR検査

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乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 32 抗体検査と抗原検査とPGR検査

【抗体検査】PCRとは、polymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略語です。ポリメラーゼとは何なのか。ポリメラーゼとはDNAやRNAというウイルスの遺伝子を構成する一部です。
 PCR検査は、ある特殊な液体に検体を入れ、ウイルス遺伝子の特徴的な一部分を切り取り連鎖反応で増幅させる検査です。
 つまり、患者様から取ってきた検体を特殊な液体につけることで、もしそこに新型コロナウイルスがいれば、その中のある特有の一部分を見つけ、その部分を切り取り増幅させることで、新型コロナウイルスがいるかどうかが判定できる、という検査です。
 PCR検査で行われている検査はヒロパピローマウイルス(尖圭コンジローマ、子宮頸癌の原因ウイルス)、クラミジア(性病の一種)、淋菌(性病の一種)などがあります。

【抗原検査】インフルエンザなどの診断でも実施されている。鼻の奥に綿棒を突っ込んで採取した検体をその場でキットに入れ、検体に抗原(ウイルス特有のタンパク質)があるかを調べる。10~30分程度で結果が分かり、米国も緊急認可している。
 ただ、抗原検査には精度面の弱点がある。検体に一定以上のウイルスが含まれる場合、PCR検査は確実に陽性反応を示すのに対し、富士レビオのキットでは陽性一致率は8~9割にとどまる。特に、ウイルス量が少ないとされる濃厚接触者らでは、実際には感染していても陰性と誤判定される恐れがある。厚労省は、すり抜けを防ぐため、抗原検査は症状のある人を対象とし、陰性の確定にはPCR検査を使う。  
 感染拡大で「PCR検査がなかなか受けられない」との批判が上がっていたが、検査態勢の改善に期待が集まる。政府の新型コロナウイルス対策の諮問委員会メンバーを務める日本医師会の釜萢敏常任理事は「日本のPCR検査数は諸外国に比べ少ない。抗原検査が利用できるようになれば、状況はだいぶ変わる」と話す。

【PCR検査】(大阪大学 RIMD)一本のまず、DNAをもとに、DNAを複製します。さらに、複製された2本のDNAをそれぞれ複製します。これを繰り返すことで、2本が4本、4本が8本、、、と倍々にDNAが増幅されます。患者さんの検体に含まれるウイルスの遺伝子量では検出できませんが、このPCR法で増幅することにより検出できるようになります。PCR法には、ウイルスの遺伝子配列情報をもとに人工的に合成した短いDNA断片(プライマー)が必要です。今回は中国の研究グループが発表した新型コロナウイルスの遺伝子配列をもとにこのDNA断片を合成しています。

 PCR法にもうひと工夫:遺伝子増幅情報をリアルタイムにゲット今回のウイルス検出にはただのPCR法ではなく「リアルタイムPCR法」という方法が用いられています。PCR法でウイルスの遺伝子を増やす際、DNAを増やしながら「蛍光試薬」という光る試薬を取り込ませます。遺伝子が増えれば光が強くなるので、この光の強さでウイルスの遺伝子を検出できます。ウイルスに感染していなければ、ウイルスの遺伝子も存在しないので、遺伝子は増えず光も強くなりません。

 

PCR検査(大坂大学)は理論がしりされわかりやすいが、抗体検査は過去に其ウイルスを持っていたかという頃で、抗原検査は今現在其ウイルスを持っているかって事ですね。

 



乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 1「引歌」と「本歌取り」
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 2「影印」と「印影」、「影印本」(景印本、影印)と「覆刻本」
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 3丈(じょう )と 丈(たけ)
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 4「草紙」と「草子」と「双紙」と「冊子」
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 5「清元」と「常磐津」と「長唄」と「義太夫」
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 6「千秋楽」と「千穐楽」と「千穐樂」
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 7「文化功労者」と「文化勲章」 
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 8「気功」と「気」の違い、及び「気功」と「気」の中国と日本の違い 
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 9「忖度」江戸時代すでに言葉の変化が認められた事を『玉あられ』(本居宣長著)で再確認した。
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 10弥生(日本に置ける3月)、暮の春、建辰月、月宿、夢見月
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 11東大寺 修二会(お水取り)について再度確認しておきたい。
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 12一旦停止の位置は如何様であろうとも、停止線手前で止まるべし
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 13「全集とは」                       
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 14「釈文」と「書き下し文」と「訓読文」、「しゃく‐ぶん【釈文】」と「しゃく‐もん【釈文】」の違い
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 15「Pythagoras ピタゴラス(ピュタゴラス)」 「万物は数なり」について
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 16「Dennis Vincent Brutus ブルータス」について
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 17風流踊(ふりゅうおどり)または風流(ふりゅう)
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 18相手が悶々としない時間を「折り返し」と言うのだということがわかりスッキリした。
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 19合巻とは (そして、合本、合冊とは)
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 20『役者手鑑 全』を楽しむに当たって  「連句」について
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 21『役者手鑑 全』を楽しむに当たって  「俳諧」について
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 22『役者手鑑 全』を楽しむに当たって  「俳諧」を探るために、「歌仙」について
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 23『掘川波鼓』(2019年南座顔見世)を見る為に『名作歌舞伎全集』『近松全集』を読むに当たって  「姦通 
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 24AEDとは(AED,人工呼吸、人工マッサージ法を習いました)
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 25江戸時代の句読点  「区切りなく、そのまま文が続けられる」と「、」と「・」と「。」
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乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 27書く程でも無いが、3/3(雛祭り)に、ふと芥川の『雛』の表現の一部思い出す。
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 28「ミングる」と「ミングル」の違い。N●Kニュースが 「ミングる」事を避けるように警告。
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 29能惠法師について 
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 30法師 ←→ 暗証の禅師とは
乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱 31合本(がっぽん)とは 

ブログの形態が代わり、これまでの方法では、リンクが貼れなくなりました。

乱鳥の今更人に聞けない言葉の混乱

https://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/fc315eb05b7365cc34fee9ca2b633dc3 32 抗体検査と抗原検査とPGR検査

『古今集遠鏡 巻一』 13  古今集遠鏡  はしがき 六ウ  本居宣長ウ

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 『古今集遠鏡 巻一』 13  古今集遠鏡  はしがき 六ウ  本居宣長  

 

『古今集遠鏡』6冊。寛政5年(1793)頃成立。同9年刊行。

 

 

はしがき六ウ

も同じく、こそといへり、今風にこそ見ざるべらなれ、「雪とのみこそ花ハ

ちるらめ」などのたぐひこそハ、うつすべき詞なし、これハ「ぞ」にいとちかければ、「ぞ」の例によなり、「山風ぞ」云々、「雪とのミぞ」云々、とひたらむに、いく

ばくのたがひもあらざれバ也、さるをしひていさゝかのけぢめをもわか

むろすれバ、中々にうとくなること也、「たがそでふれしや、どの梅ぞ」と、「恋も

するかな」などのたぐひの「も」もじハ、「マァ」と訳す、「マァ」ハ、やがて此もの訳(ウツ)れる

にぞあらむ、疑ひの「や」もじハ、俗語にハ皆、力といふ「春やとき、花やおそき」とハ、「春が早イ

ノカ、花ガオソイノカ」と訳すがごとし、

◯「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、来んゆかんを、「ゴウイカウ」といふ類也

 

 

 

 

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べらなれ (べらなり    学研 古語辞典)

助動詞ナリ活用型《接続》活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には連体形に付く。〔推量〕…するようだ。…そうに思われる。

助動詞「べし」の語形の変化しない部分「べ」+接尾語「ら」+断定の助動詞「なり」からできた語。平安時代、漢文訓読語に「べし」に当たる語として用いられ、和歌では『古今和歌集』のころにはかなり用いられたが間もなくすたれる。

 

わかむ(分れる)

 

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古今集遠鏡 

 

はしがき一オ 2

   雲のゐるとほきこずゑもときかゞ

     せばこゝにみねのもみちば

此書ハ、古今集の歌どもを、こと/″\くいまの無の俗語(サトビゴト)に訳(ウツ)せ
る也、そも/\此集ハ、よゝに物よくしれりし人々の、ちうさくども
のあまた有て、のこれるふしもあらざなるに、今更さるわざハ、い
かなれバといふに、かの注釈といふすぢハ、たとへばいとはるかなる高き
山の梢どもの、ありとバかりハ、ほのかにみやれど、その木とだに、あや
めもわかむを、その山ちかき里人の、明暮のつま木のたよりにも、よ
く見しれるに、さしてかれハと ゝひたらむに、何の木くれの木、も

はしがき一ウ 3

とだちハしか/″\、梢の有るやうハ、かくなむとやうに、語り聞せたらむ
がそとし、さるハいかによくしりて、いかにちぶさに物したらむにも、人づて
の耳(ミヽ)ハ、かぎりしあれバ、ちかくて見るめのまさしきにハ、猶にるべくも
あらざめるを、世に遠めがねといふなる物のあるして、うつし見るに
はいかにとほきも、あさましきまで、たゞこゝもとにうつりきて、枝さ
しの長きみじかき、下葉の色のこきうすきまで、のこるくまなく、見
え分れて、軒近き庭のうゑ木に、こよなきけぢめもあらざるばかり
に見るにあらずや、今此遠き代の言の葉のくれなゐ深き心ばへ
を安くちかき、手染の色うつして見するも、もはらこのめがね
のたとひにかなへらむ物を、やがて此事ハ志と、尾張の横井、千秋

はしがき二オ 4

ぬしの、はやくよりこひもとめられれたるすぢにて、はじめよりうけひき
てハ有ける物から、なにくれといとまなく、事しげきにうちまぎれて、
えしのはださず、あまたの年へぬるを、いかに/ \と、しば/″\おどろかさる
るに、あながちに思ひおくして、こたみかく物しつるを、さきに神代のまさ
ことも、此同じぬしのねぎことこそ有しか、御のミ聞けむとやうに、
しりうごつともがらも有べかめれど、例の心も深くまめなるこゝ
ろざしハ、みゝなし心の神とハなしに、さてへすべくもあらびてなむ、
◯うひまなびなどのためのは、ちうさくハ、いかにくはしくときた
るも、物のあぢハひを、甘しからしと、人のかたるを聞たらむやう
にて、詞のいきほひ、「てにをは」のはたらきなど、たまりなる趣にいたり

はしがき二ウ 5

てハ、猶たしかにはえあらねどば、其事を今おのが心に思ふがごとハ、里
りえがたき物なるを、さとびごとに訳(ウツ)したるハ、たゞにみづからさ思ふ
にひとしくて、物の味を、ミづからなめて、しれるがごとく、いにしへの雅事(ミヤビゴト)
ミな、おのがはらの内のおとしなれゝバ、一うたのこまかなる心ばへの、
こよなくたしかにえラルことおほきぞかし、
◯俗言(サトビゴト)ハかの国この里と、ことなきとおほきが中には、みやびごとに
ちかきもあれども、かたよれるゐなかのことばゝ、あまねくよもには
わたしがたれバ、かゝるとにとり用ひがたし、大かたハ京わたりの
詞して、うつすべきわざなり、ただし京のにも、えりすつべきハ有
て、なべてハとりがたし、

はしがき三オ 6

◯俗言(サトビゴト)にも、しな/″\のある中に、あまりいやしき、又たハれすぎたる、又
時ゞのいまめきことばなどハ、はぶくべし、又うれしくもてつけていふと、
うちときたるもの、たがひあるを、歌ハことに思ふ情(こゝろ)のあるやうのまゝに、廠
眺め出たる物なれば、そのうちときたる詞して、訳(ウツ)すべき也、うちとけ
たるハ、心のまゝにいひ出したる物にて、みやびごとのいきほひに、今すこ
しよくあればぞかし、又男のより、をうなの詞は、ことにうちとき
たることの多くて、心に思ふすぢの、ふとあらハなるものなれバ、歌のい
きほひに、よくかなへることおほ彼ば、をうなめ きたるをも、つかふべ
きなり、又いはゆるかたしも用ふべし、たちへばおのがことを、うる
はしくハ「わたくし」といふを、はぶきてつねに、ワタシともワシともい日、ワ

はしがき三ウ 7

シハといふべきを、「ワシヤ<」、それを「ソレヤ」、すればを「スレヤ」といふたぐひ、又その
やうなこのやうなを、「ソンナコンナ」といひ、ならばたらバを、ばをはぶきて、ナ
ラタラざうしてを「ソシテ」、よかろうを「ヨカロ」、とやふにいふたぐひ、ことにうち
ときたることなるを、これはた いきほひ にしたがひてハ、中/\にうるハしく
いふよりハ、ちかくあたりて聞ゆるふしおほければなり、
◯すべて人の語ハ、同じくいふとも、いひざるいきほひにしたがひて、深くも浅
くも、をかしくも、うれたくも聞こゆるわざにて、歌ハことに、心のあるようをたゞ
にうち出したる趣なる物なるに、その詞の、いまさま いきほひハ しも
よみ人の心をおしえかりえて、そのいきほひを訳(ウツ)すべき也、たとへバ「春

はしがき四オ 8

されバ野べにまづさく云々、といつるせどうかの、訳(ウツシ)のはててに、へゝ/\
へゝ/\と、笑ふ声をへそたるなど、さらにおのづがいまの、たハぶれにはあら
図、此ノ下ノ句の、たハぶれていへる詞なることを、さとさせりとてぞかし、かゝる
ことをダウぞへざれバ、たハふ(ム)れの善(へ)なるよしの、わらハれがたけれぞかし、
かゝるたぐ日、いろ/\おほし、なすらへてさとるべし、
◯みやびごとハ、二つにも三つにも分れたることを、さとび言には、合をて一ツ
にいふあり、又雅言(ミヤビゴト)ハ一つながら、さとびごとにてハ、二つ三つにわかれたる
もあるゆゑに、ひとつ俗言(サトビゴト)を、これにもかれにもあつるとある也、
◯まさしくあつべき俗言のなき詞には、一つに二ツ三ツをつらねてう

はしがき四ウ 9

つすこちあり、又は上下の語の訳(うつし)の中小、其言をこむることもあり、あるハ
二句三句を合わせて、そのすべての言をもて訳(ウツ)すもあり、そハたとへバ「ことな
らバさかずやむあらぬ桜花などの、ことならばといふ詞など、一つはなち
てハ、いかにもうつすべき俗言なれバ、二句を合わせて、トテモ此ヤワニ早ウ散(ル)クラい
ナラバ一向ニ初(メ)カラサカヌガヨイニナゼサカヌニハヰヌゾ、と訳(ウツ)せるがごとし、
◯歌によりて、もとの語のつゞきざま、「てにをは」などにもかゝハらで、すべて
の言をえて訳(ウツ)すべきあり、もとの詞つゞき、「てにをハ」などを、かたくまも
りてハ、かへりて一かたの言にうとくなることもあれバ也、たとへば「こぞと
やいはむ、ことしとやいはむなど、詞をまもらバ、去年ト云(ハ)ウカ今年トイハ
ウカ、と、訳すべけれども、さてハ俗言の例にうとし、去年ト云タモノデアラウカ

はしがき五オ 10

今年ト云タモノデアラウカとうつすぞよくあたれる、又春くることを「たれ
かしらまし」など、春ノキタトヲ云々、と訳(ウツ)さゞれバ、あたりがたし、「来(ク)る」と
「来(キ)タ」とハ、たがひあれども、此歌などの「来(キ)ぬる」と有べきことなるを、
さはいひがたき所に、「くる」とハいつるなれバ、そのこゝろをえて、「キタ」と訳(ウツ)
すべき也、かゝるたぐひ、いとおほし、なすらへて、さとるべし、
◯詞をかへてうつすべきあり、「花と見て」などの「見て」ハ、俗語には、「見て」と
ハいはざれバ、「花ヂヤト思ウテ」と訳すべし、「わぶとこゝろへよ」、などの類の「こ
たふる」ハ、俗言には、「こたふ」とハいはず、たゞ「イフ」といへば、「難-儀ヲシテ居ルト
イヘ」と訳すべし、又「てにをは」をかへて訳すべきも有リ、「春ハ来にけり」な
どのエモジハ、「春ガキタワイ」と、ガにかふ、此類多し、又「てにをは」を添(フ)べ

 

はしがき五ウ 11

きもあり・「花咲にけり」などハ、「花が咲いタワイ」と、「ガ」うをそふ、此類ハ殊におほし、す べて俗言にハ、「ガ」と

いふことの多き也、雅言のぞをも、多くハ「ガ」といへり、「花なき」

などハ、「花ノナイ里」と、「ノ」をそふ、又はぶきて訳すべきも、「人しなけれバ」「ぬきて

をゆかむ」などの、「しもじ」を「もじ」、訳言(ウツシコトバ)をあゝハ、中々にわろし、

◯詞のところををおきかへてうつすべきことおほし、「あかずとやなくや山郭公」

などハ、「郭公」を上へうつして、「郭公ハ残リオホウ思フテアノヤウニ鳴クカ」と訳し、「よるさ

へ見よ」とてらす月影は、ヨルマデ見ヨ」トテ「月の影をテラス」とうつし、「ちくさに物

を思ふゝろかな」のたぐひは、「こゝろ」を上にうつして、「コノゴロハイロ/\」ト物思ヒノ

シゲイ「カナ」とやくし、「うらさびしくも見てわたるかな」ハ、「すてる」を上へう

つして、「見ワタシタトコロガキツウマアものサビシウ見エル」「カナ」と訳すたぐひにて、これ

はしがき六オ 12

雅事(ミヤビゴト)と俗事(サトゴト)と、いふやうのたがひ也、又「てにをは」も、ところをかへて訳

すべきあり、「ものうかるねに鶯ぞなく」など、「ものうかる春にぞ」と、「ぞ」も

じハ、上にあるべきことなれども、さいハひがたき所に、鶯の下におけるなれば、

其こゝろをえて、訳(ウツ)すべき也、此例多し、皆なすらふべし、ふべし、

◯「てにをは」の事、「ぞ」もじハ、訳すべき詞なし、たとへバ「花ぞ昔の香ににほひける

のごとき、殊に力(ラ)を入(レ)たるぞなるを、俗言にハ、花ガといひて、其所にちからを入れ

て、いきほひにて、雅語のぞの意に聞(カ)することなるを、しか口にいふいきほひハ、物

にハ出るべくもあらざれバ、今ハサといふ辞を添(ヘ)て、ぞにあてゝ、花ガサ昔

ノ云々と訳す、ぞもじの例、みな然り、こそハ、つかひざま大かた二つある中に、

「花こそちらめ、根さへかれねや」などやうに、むかへていふことあるハ、さとびごと

 

はしがき六ウ

も同じく、こそといへり、今風にこそ見ざるべらなれ、「雪とのみこそ花ハ

ちるらめ」などのたぐひこそハ、うつすべき詞なし、これハ「ぞ」にいとちかければ、「ぞ」の例によなり、「山風ぞ」云々、「雪とのミぞ」云々、とひたらむに、いく

ばくのたがひもあらざれバ也、さるをしひていさゝかのけぢめをもわか

むろすれバ、中々にうとくなること也、「たがそでふれしや、どの梅ぞ」と、「恋も

するかな」などのたぐひの「も」もじハ、「マァ」と訳す、「マァ」ハ、やがて此もの訳(ウツ)れる

にぞあらむ、疑ひの「や」もじハ、俗語にハ皆、力といふ「春やとき、花やおそき」とハ、「春が早イ

ノカ、花ガオソイノカ」と訳すがごとし、

◯「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、来んゆかんを、「ゴウイカウ」といふ類也

映画『The Perfect Storm パーフェクト ストーム』2000年 アメリカ ウォルフガング・ペーターゼン監督

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映画『The Perfect Storm パーフェクト ストーム』2000年 アメリカ ウォルフガング・ペーターゼン監督

 

 俳優たちが皆詩を語らうように美しい調べの英語で話すところから始まり、話が進むとまさしく『パーフェクト ストーム』そのものとなり、ハラハラドキドキ。

 最後はまた、詩が語られて終わる。

 この映画も私はお好きだな^^

 

 

以下はwowow ▼

1991年10月。漁船“アンドレア・ゲイル号”の乗組員たちは大漁を祈願し、マサチューセッツの漁港を出港。ビリー船長や彼を兄のように慕うボビーらは、久々に沖で大漁に恵まれて喜ぶ。だがそのころ大西洋上では3つの嵐が一つに融合し、気象観測史上例を見ない巨大ハリケーン、“グレイス”が発生。逃げ場を失った“アンドレア・ゲイル号”の乗組員たちはなすすべもなく、“グレイス”の猛威にさらされる運命となるが……。

     

『古今集遠鏡』 はしがき 六ウ より 「コウイカウ」とは

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『古今集遠鏡』 はしがき 六ウ より 「コウイカウ」とは

 

 

 

『古今集遠鏡』6冊。寛政5年(1793)頃成立。同9年刊行。 本居宣長

はしがき六ウ

も同じく、こそといへり、今風にこそ見ざるべらなれ、「雪とのみこそ花ハ

ちるらめ」などのたぐひこそハ、うつすべき詞なし、これハ「ぞ」にいとちかければ、「ぞ」の例によなり、「山風ぞ」云々、「雪とのミぞ」云々、とひたらむに、いく

ばくのたがひもあらざれバ也、さるをしひていさゝかのけぢめをもわか

むろすれバ、中々にうとくなること也、「たがそでふれしや、どの梅ぞ」と、「恋も

するかな」などのたぐひの「も」もじハ、「マァ」と訳す、「マァ」ハ、やがて此もの訳(ウツ)れる

にぞあらむ、疑ひの「や」もじハ、俗語にハ皆、力といふ「春やとき、花やおそき」とハ、「春が早イ

ノカ、花ガオソイノカ」と訳すがごとし、

◯「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、「来んゆかんを」を、「コウイカン」といふ類也

 

 

 

◯「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、「来んゆかんを」を、「コウイコウ」といふ類也

 上の「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、「来んゆかん」を、「コウイコウ」といふ類也とは?

 「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、「来(コ)んゆかん」を、「コウイコウ」といふ類也

 「ゴウイカウ」とは、(来ない、行く)という意味なのかしらん^^

『古今集遠鏡 巻一』 14  古今集遠鏡  はしがき 七オ  本居宣長

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 写真は、面 大阪民博にて 

 

 

 『古今集遠鏡 巻一』 14  古今集遠鏡  はしがき 七オ  本居宣長  

 

『古今集遠鏡』6冊。寛政5年(1793)頃成立。同9年刊行。

 

はしがき 七オ 

「けんなん」などの「ん」も同じ、「花やちりけん」ハ、「花ガチッタデアラウカ」、「花や

ちりなん」は、「花ガチツタデアラウカ」と訳す、さて此、「チツタデ」といふと、「チルデ」といふと

のかハりをもて「けん」と「なん」とのけぢめをも、さとるべし、さて又語の

つゞきたるなからにあるは、多くハうつしがたし、たとへば「見ん人」は「見よ」、

「ちりなん」後ぞ、「ちりなん」小野のなどのたぐひ、人へゞき、後へつゞき、小野へ

つゞきて、「ん」ハ皆「なからう」有り、此類は、俗語にハたゞに、見る人ハ、「チツテ」後二、

「チル」小野ノとやうにいひて、「見ヤウ(ん)人」ハ、「チルデ(なん)アラウ」後二、「チルデ(なん)アラウ」小野ノ、などハいは

ざれバ也、然るに此類をも、「しひてんなんらん」のことを、こまかに訳さむ

とならバ、「散なん」後ぞハ、「オツゝケチチルデアラウガ散タ後二サ」と訳し、「ちるらん

小野の」は、「サダメテ此ゴロハ萩ノ花ガチルでアラウ(らん)ガ其野ノ」、とやうに訳すべし、然

 

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けんなん(「けん」と「なん」)

小野(京都市山科区)

 

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古今集遠鏡 

 

はしがき一オ 2

   雲のゐるとほきこずゑもときかゞ

     せばこゝにみねのもみちば

此書ハ、古今集の歌どもを、こと/″\くいまの無の俗語(サトビゴト)に訳(ウツ)せ
る也、そも/\此集ハ、よゝに物よくしれりし人々の、ちうさくども
のあまた有て、のこれるふしもあらざなるに、今更さるわざハ、い
かなれバといふに、かの注釈といふすぢハ、たとへばいとはるかなる高き
山の梢どもの、ありとバかりハ、ほのかにみやれど、その木とだに、あや
めもわかむを、その山ちかき里人の、明暮のつま木のたよりにも、よ
く見しれるに、さしてかれハと ゝひたらむに、何の木くれの木、も

はしがき一ウ 3

とだちハしか/″\、梢の有るやうハ、かくなむとやうに、語り聞せたらむ
がそとし、さるハいかによくしりて、いかにちぶさに物したらむにも、人づて
の耳(ミヽ)ハ、かぎりしあれバ、ちかくて見るめのまさしきにハ、猶にるべくも
あらざめるを、世に遠めがねといふなる物のあるして、うつし見るに
はいかにとほきも、あさましきまで、たゞこゝもとにうつりきて、枝さ
しの長きみじかき、下葉の色のこきうすきまで、のこるくまなく、見
え分れて、軒近き庭のうゑ木に、こよなきけぢめもあらざるばかり
に見るにあらずや、今此遠き代の言の葉のくれなゐ深き心ばへ
を安くちかき、手染の色うつして見するも、もはらこのめがね
のたとひにかなへらむ物を、やがて此事ハ志と、尾張の横井、千秋

はしがき二オ 4

ぬしの、はやくよりこひもとめられれたるすぢにて、はじめよりうけひき
てハ有ける物から、なにくれといとまなく、事しげきにうちまぎれて、
えしのはださず、あまたの年へぬるを、いかに/ \と、しば/″\おどろかさる
るに、あながちに思ひおくして、こたみかく物しつるを、さきに神代のまさ
ことも、此同じぬしのねぎことこそ有しか、御のミ聞けむとやうに、
しりうごつともがらも有べかめれど、例の心も深くまめなるこゝ
ろざしハ、みゝなし心の神とハなしに、さてへすべくもあらびてなむ、
◯うひまなびなどのためのは、ちうさくハ、いかにくはしくときた
るも、物のあぢハひを、甘しからしと、人のかたるを聞たらむやう
にて、詞のいきほひ、「てにをは」のはたらきなど、たまりなる趣にいたり

はしがき二ウ 5

てハ、猶たしかにはえあらねどば、其事を今おのが心に思ふがごとハ、里
りえがたき物なるを、さとびごとに訳(ウツ)したるハ、たゞにみづからさ思ふ
にひとしくて、物の味を、ミづからなめて、しれるがごとく、いにしへの雅事(ミヤビゴト)
ミな、おのがはらの内のおとしなれゝバ、一うたのこまかなる心ばへの、
こよなくたしかにえラルことおほきぞかし、
◯俗言(サトビゴト)ハかの国この里と、ことなきとおほきが中には、みやびごとに
ちかきもあれども、かたよれるゐなかのことばゝ、あまねくよもには
わたしがたれバ、かゝるとにとり用ひがたし、大かたハ京わたりの
詞して、うつすべきわざなり、ただし京のにも、えりすつべきハ有
て、なべてハとりがたし、

はしがき三オ 6

◯俗言(サトビゴト)にも、しな/″\のある中に、あまりいやしき、又たハれすぎたる、又
時ゞのいまめきことばなどハ、はぶくべし、又うれしくもてつけていふと、
うちときたるもの、たがひあるを、歌ハことに思ふ情(こゝろ)のあるやうのまゝに、廠
眺め出たる物なれば、そのうちときたる詞して、訳(ウツ)すべき也、うちとけ
たるハ、心のまゝにいひ出したる物にて、みやびごとのいきほひに、今すこ
しよくあればぞかし、又男のより、をうなの詞は、ことにうちとき
たることの多くて、心に思ふすぢの、ふとあらハなるものなれバ、歌のい
きほひに、よくかなへることおほ彼ば、をうなめ きたるをも、つかふべ
きなり、又いはゆるかたしも用ふべし、たちへばおのがことを、うる
はしくハ「わたくし」といふを、はぶきてつねに、ワタシともワシともい日、ワ

はしがき三ウ 7

シハといふべきを、「ワシヤ<」、それを「ソレヤ」、すればを「スレヤ」といふたぐひ、又その
やうなこのやうなを、「ソンナコンナ」といひ、ならばたらバを、ばをはぶきて、ナ
ラタラざうしてを「ソシテ」、よかろうを「ヨカロ」、とやふにいふたぐひ、ことにうち
ときたることなるを、これはた いきほひ にしたがひてハ、中/\にうるハしく
いふよりハ、ちかくあたりて聞ゆるふしおほければなり、
◯すべて人の語ハ、同じくいふとも、いひざるいきほひにしたがひて、深くも浅
くも、をかしくも、うれたくも聞こゆるわざにて、歌ハことに、心のあるようをたゞ
にうち出したる趣なる物なるに、その詞の、いまさま いきほひハ しも
よみ人の心をおしえかりえて、そのいきほひを訳(ウツ)すべき也、たとへバ「春

はしがき四オ 8

されバ野べにまづさく云々、といつるせどうかの、訳(ウツシ)のはててに、へゝ/\
へゝ/\と、笑ふ声をへそたるなど、さらにおのづがいまの、たハぶれにはあら
図、此ノ下ノ句の、たハぶれていへる詞なることを、さとさせりとてぞかし、かゝる
ことをダウぞへざれバ、たハふ(ム)れの善(へ)なるよしの、わらハれがたけれぞかし、
かゝるたぐ日、いろ/\おほし、なすらへてさとるべし、
◯みやびごとハ、二つにも三つにも分れたることを、さとび言には、合をて一ツ
にいふあり、又雅言(ミヤビゴト)ハ一つながら、さとびごとにてハ、二つ三つにわかれたる
もあるゆゑに、ひとつ俗言(サトビゴト)を、これにもかれにもあつるとある也、
◯まさしくあつべき俗言のなき詞には、一つに二ツ三ツをつらねてう

はしがき四ウ 9

つすこちあり、又は上下の語の訳(うつし)の中小、其言をこむることもあり、あるハ
二句三句を合わせて、そのすべての言をもて訳(ウツ)すもあり、そハたとへバ「ことな
らバさかずやむあらぬ桜花などの、ことならばといふ詞など、一つはなち
てハ、いかにもうつすべき俗言なれバ、二句を合わせて、トテモ此ヤワニ早ウ散(ル)クラい
ナラバ一向ニ初(メ)カラサカヌガヨイニナゼサカヌニハヰヌゾ、と訳(ウツ)せるがごとし、
◯歌によりて、もとの語のつゞきざま、「てにをは」などにもかゝハらで、すべて
の言をえて訳(ウツ)すべきあり、もとの詞つゞき、「てにをハ」などを、かたくまも
りてハ、かへりて一かたの言にうとくなることもあれバ也、たとへば「こぞと
やいはむ、ことしとやいはむなど、詞をまもらバ、去年ト云(ハ)ウカ今年トイハ
ウカ、と、訳すべけれども、さてハ俗言の例にうとし、去年ト云タモノデアラウカ

はしがき五オ 10

今年ト云タモノデアラウカとうつすぞよくあたれる、又春くることを「たれ
かしらまし」など、春ノキタトヲ云々、と訳(ウツ)さゞれバ、あたりがたし、「来(ク)る」と
「来(キ)タ」とハ、たがひあれども、此歌などの「来(キ)ぬる」と有べきことなるを、
さはいひがたき所に、「くる」とハいつるなれバ、そのこゝろをえて、「キタ」と訳(ウツ)
すべき也、かゝるたぐひ、いとおほし、なすらへて、さとるべし、
◯詞をかへてうつすべきあり、「花と見て」などの「見て」ハ、俗語には、「見て」と
ハいはざれバ、「花ヂヤト思ウテ」と訳すべし、「わぶとこゝろへよ」、などの類の「こ
たふる」ハ、俗言には、「こたふ」とハいはず、たゞ「イフ」といへば、「難-儀ヲシテ居ルト
イヘ」と訳すべし、又「てにをは」をかへて訳すべきも有リ、「春ハ来にけり」な
どのエモジハ、「春ガキタワイ」と、ガにかふ、此類多し、又「てにをは」を添(フ)べ

はしがき五ウ 11

きもあり・「花咲にけり」などハ、「花が咲いタワイ」と、「ガ」うをそふ、此類ハ殊におほし、す べて俗言にハ、「ガ」と

いふことの多き也、雅言のぞをも、多くハ「ガ」といへり、「花なき」

などハ、「花ノナイ里」と、「ノ」をそふ、又はぶきて訳すべきも、「人しなけれバ」「ぬきて

をゆかむ」などの、「しもじ」を「もじ」、訳言(ウツシコトバ)をあゝハ、中々にわろし、

◯詞のところををおきかへてうつすべきことおほし、「あかずとやなくや山郭公」

などハ、「郭公」を上へうつして、「郭公ハ残リオホウ思フテアノヤウニ鳴クカ」と訳し、「よるさ

へ見よ」とてらす月影は、ヨルマデ見ヨ」トテ「月の影をテラス」とうつし、「ちくさに物

を思ふゝろかな」のたぐひは、「こゝろ」を上にうつして、「コノゴロハイロ/\」ト物思ヒノ

シゲイ「カナ」とやくし、「うらさびしくも見てわたるかな」ハ、「すてる」を上へう

つして、「見ワタシタトコロガキツウマアものサビシウ見エル」「カナ」と訳すたぐひにて、これ

はしがき六オ 12

雅事(ミヤビゴト)と俗事(サトゴト)と、いふやうのたがひ也、又「てにをは」も、ところをかへて訳

すべきあり、「ものうかるねに鶯ぞなく」など、「ものうかる春にぞ」と、「ぞ」も

じハ、上にあるべきことなれども、さいハひがたき所に、鶯の下におけるなれば、

其こゝろをえて、訳(ウツ)すべき也、此例多し、皆なすらふべし、ふべし、

◯「てにをは」の事、「ぞ」もじハ、訳すべき詞なし、たとへバ「花ぞ昔の香ににほひける

のごとき、殊に力(ラ)を入(レ)たるぞなるを、俗言にハ、花ガといひて、其所にちからを入れ

て、いきほひにて、雅語のぞの意に聞(カ)することなるを、しか口にいふいきほひハ、物

にハ出るべくもあらざれバ、今ハサといふ辞を添(ヘ)て、ぞにあてゝ、花ガサ昔

ノ云々と訳す、ぞもじの例、みな然り、こそハ、つかひざま大かた二つある中に、

「花こそちらめ、根さへかれねや」などやうに、むかへていふことあるハ、さとびごと

はしがき六ウ

も同じく、こそといへり、今風にこそ見ざるべらなれ、「雪とのみこそ花ハ

ちるらめ」などのたぐひこそハ、うつすべき詞なし、これハ「ぞ」にいとちかければ、「ぞ」の例によなり、「山風ぞ」云々、「雪とのミぞ」云々、とひたらむに、いく

ばくのたがひもあらざれバ也、さるをしひていさゝかのけぢめをもわか

むろすれバ、中々にうとくなること也、「たがそでふれしや、どの梅ぞ」と、「恋も

するかな」などのたぐひの「も」もじハ、「マァ」と訳す、「マァ」ハ、やがて此もの訳(ウツ)れる

にぞあらむ、疑ひの「や」もじハ、俗語にハ皆、力といふ「春やとき、花やおそき」とハ、「春が早イ

ノカ、花ガオソイノカ」と訳すがごとし、

◯「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、来んゆかんを、「ゴウイカウ」といふ類也

はしがき 七オ 

「けんなん」などの「ん」も同じ、「花やちりけん」ハ、「花ガチッタデアラウカ」、「花や

ちりなん」は、「花ガチツタデアラウカ」と訳す、さて此、「チツタデ」といふと、「チルデ」といふと

のかハりをもて「けん」と「なん」とのけぢめをも、さとるべし、さて又語の

つゞきたるなからにあるは、多くハうつしがたし、たとへば「見ん人」は「見よ」、

「ちりなん」後ぞ、「ちりなん」小野のなどのたぐひ、人へゞき、後へつゞき、小野へ

つゞきて、「ん」ハ皆「なからう」有り、此類は、俗語にハたゞに、見る人ハ、「チツテ」後二、

「チル」小野ノとやうにいひて、「見ヤウ(ん)人」ハ、「チルデ(なん)アラウ」後二、「チルデ(なん)アラウ」小野ノ、などハいは

ざれバ也、然るに此類をも、「しひてんなんらん」のことを、こまかに訳さむ

とならバ、「散なん」後ぞハ、「オツゝケチチルデアラウガ散タ後二サ」と訳し、「ちるらん

映画『今日も嫌がらせ弁当』  題名の記録のみにて、失礼申し上げます。

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 映画『今日も嫌がらせ弁当』

 

 

 映画『今日も嫌がらせ弁当』を見た。

 まぁ、面白かった。

 

 この映画を見た限りでは、長女が神。

 「私にも今度、お弁当を作ってよ。」

の言葉が、鳴り響く。

 

 記録のみにて、失礼申し上げます。

 

『新編金瓶梅』 滝沢馬琴  一巻五ウ(右頁上)、一巻五ウ(右頁下)、右頁中央会話

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 『新編金瓶梅』 滝沢馬琴  一巻五ウ(右頁上)、一巻五ウ(右頁下)、右頁中央会話

右頁

あづまの方ハ豊

年(ゆうねん)にてなり

ハひのたよりよろ

しきよしいふ

ものゝありけるが

そらごとにてハ

なけるべし

めれバはら

うらふさ

アまひとり

いかゞ

あづまへ

おも

むいて

うせ

ぎそ

このくない大(分)さげたその

為に なら ゟ(より)かたれハとく、

そなたハ子ともにたりあり

そのおさなきをいだきか

えてゆくへもいまだ定か

ならぬ、たびをバいかに

せらるべきわが身ゆゑ

木をたづさへていでて

かせづばやと歩へとも

第にむらをさのふく義 あれハたルコといえなしかた、「そも

いかに」てよるらんやとおもひいる也、かたらひ肩を残申候義つい/\と

うち聞てそのはのごときハめてよし、去るらんにハそれがしを【右の下▼】

【▲左の上ゟ(より)】をり

えと子供ハ(海)

たりえと申す、としなほ

三ツと当才(とうさい)也、ふう

ふ かたミ におひもしる

いだきもおいゆくものな

たバたびこのうたをなく

さむ、よすがありけるわ

荷おもくにますべし、このときに

は たがひおひたとうふに、文

具兵衛ハとゞめ

かけて、女

をう 山木

と第も弟の

折羽をりを

まるきちかづ

けてこと意つく、

とつけ者ら

するに、山木ハ

ひたすらはじめて女めずをは羽ハ何とも

いハねども、なれ(似)さとをいてて次第いづ

こへつゑをとゞめてん、ゆくへなほ やうとりて い

さそミへ、人ににたるへ(、)るきを、今より思ひせるゝ、たん息そのほかなかり

ける、かくて武具蔵ふうふのもの、たびたちのだんかに、

、、、、、、、、、(本の折り目で読めず)

 

中央 女

お「いふまでハなけれども、おちついた(1)」

  「(1)なら一ト日もはやくたよりをきかして

      くださんせへ、なんにも

       しらずに武具は(、)

        あのうれしがる

         かほ ハいの」

 中央真中 男

文「九郎

  五郎が

  おざらうと*

 

  *もう来さうな

    者じや、しづかに

   ゆきやらざらバ /\」

 

 

なりハひ(生業)

かせづばや

 かす【糟】接頭語

〔人を表す語に付いて〕下品な。取るに足らない。「かす侍」「かす山伏(やまぶし)」

 ばや 終止形《接続》動詞型活用語の未然形に付く。

 ①〔自己の願望〕…たいものだ。 出典 更級日記 かどで

 ②〔事態の実現の願望〕…てほしい。▽「あり」「侍(はべ)り」などに付く。出典 平家物語 六・嗄声

 ③〔意志〕…よう。出典 隅田川 謡曲

 ④〔強い打消〕…どころか、まったく…ない。▽多く「あらばや」の形で用いる。出典 若木詩抄    【第】(だい)  1[名]りっぱな家。やしき。邸宅。   【なくさむ】慰む   【よすが】(縁、因、便)名詞

 ①頼り。ゆかり。身や心を寄せる所。 出典 枕草子

 ②(頼りとする)縁者。夫・妻・子など。出典 方丈記 

 ③手がかり。手段。便宜。 出典 徒然草 五八

         

 『新編金瓶梅』 滝沢馬琴  一巻 四ウ(右頁中央)〜五オ(左頁中央)


右上部分 四ウ 
【発端の巻第三】むかしむろ町持ぐんのすその世にやま(、、、)
やせのさとに矢瀬(やせ)文具(ぶんぐ)兵衛、大むらの浅里(ふべぐ)孫といふ
百姓はらからありけり、先祖(せんそ)ハよしあるの郎ふにてやせ大
はらのやらう者也けるに、みだれたる世のならにて子
孫(そん)、そのちをうしなひハよりつひに民間(ミんかん)かつくだり
三四代いぜんのよりたが中人になりざれども
なほむかしのなごりにて、兄ぶんぐ
兵衞あのやせのむらをさを
つとめけり、されバ矢瀬も
大むらも初代(しょだい)ハする
いちはらからにてなかん
づく、大むらハその
ちやく家(か)也けるに
ちかごろそのいへさへ
たりければ文具兵衞
おやのときになん文具兵衞に大むらの
いへをつがせて、やがて大原氏を名のる
そのいへ先祖(せんそ)相博(さらでん)の田むら
三町八たんハすなハち(、)もち義が所
帯(しよたい)としてながく相続(さうぞく)すべしとて、一家(いつけ)は
るい連名(れんめう)の証文(あかしふミ)をぞわたしおきける、
しかれども、文具兵衞ハいまだ分家(ふんけ)以
ざりしに、ちゝ母うちつゞきて倒
まづもつ、且らく中洛外
(らくぐわい)としてはて
かひはばく
なるにより
こゝち

五オ 左上部分
くわぶんの軍ゆくを
あてられていへをつく
なに余力(よりよく)なけれバ兄文具
兵衞と同居(どうきよ)せにはらからむつまじ
かりけれ、これのれどもにつまをめとりてひとつ
かま(、)ぜありながらちとのくぜちもなし
たるがこれにハいまだ子どもあらず、又文具
義ぢづまハ折羽つりとよばれて、こぞにをのこゞ
ふたりまでう、みたりしそのかひ子を残(、、)と名
つけてことしハ三方て二男剋ハこのはや うまれしを武松
(たけまつ)と名つけたり、四ばかりの子どもらをやしなひて死に
あらねども、いぬる、応仁(あうにん)の乱(らん)より生るのみぞ
こハ名のミにてとくにあれまさりけるの つばめハ木すゑに
そつくりあきの者かハ、大うちの、みかきのもとまでかよふかりされ
そのかミいひ尾彦六さゑもんが 「なれやしるみやとも歌べの
夕ひばりあるを見てもふつるゝ人なりハひをうし
なひて(函)内散(りさん)するものをほうりけり
まいて、みやこにほどとほからず、ゐなかハ
いよ/\ふところへはてとゆたかるものとてハ
いづこのもあることなきよにあまた人この両三
ねん、ひそん水(すい)、そんうちつぎのほかにかて
ともしく食(しよく)する者ハあきたらず、きるものも 亦
あたゝかならず、すげにみだれたまひハ、とにもかくにもせんかたなし
このゆゑに文具兵衛来る日,武具蔵と、たんかにするやう人のいへの【↓ 右の下】

右下部分 四ウ 左下部分 五オ
【▲左上ゟ(より)】いひけんを
いふぞや
かくうち
そろふて
よもき
かけをのと
めんとり
た口(、、)
白きかたぎ
ながの困(こん)
きうを者の
くに足猿
べし、五きない
こそかくの
ごとく衣食
(いしよく)にともしく
   なり
   たれ
  よも
  【次へ】
右下部分 四ウ
おそ
やくものこる
春の世かい
とめくされど
こさります 
   な

「じよ(、、)と
とめくされど
ふたりながら
きゝなさらねへ
(、)な




ちゝ

わな









して
おつ
(、)ちに
それもかな
らず
日うきしの
わかれ
はをはさんにゑんぐみな
さいろうとハさかん、さぞ
くろふだろうのふ

四ウ(右頁中央)〜五オ(左頁中央) 

「かうしておけバ
たがひにあん心
サア/\武具(、、)
せうもんをわたし
ますぞ

「きる
 もの
 づらも
しようどうでも
だんな
引あハせ
 ました
させるゟ(より)
ようこざり
 ますのさ

「すぐ兄幾、うち    兄幾ママ(兄貴)
わのこと、せうもんにハ
およびませぬ、と人の
第にハいきなにあり
ねんの入たもよう
ござりませう
     久


「あす
からとほゝかゆく
ほどに武太よ、おとなしく
女あやならぬありさま
しやのになくまいぞ

 

 『新編金瓶梅』 滝沢馬琴  一巻五ウ(右頁上)〜一巻五ウ(右頁下)

あづまの方ハ豊

年(ゆうねん)にてなり

ハひのたよりよろ

しきよしいふ

ものゝありけるが

そらごとにてハ

なけるべし

めれバはら

うらふさ

アまひとり

いかゞ

あづまへ

おも

むいて

うせ

ぎそ

このくない大(分)さげたその

為に なら ゟ(より)かたれハとく、

そなたハ子ともにたりあり

そのおさなきをいだきか

えてゆくへもいまだ定か

ならぬ、たびをバいかに

せらるべきわが身ゆゑ

木をたづさへていでて

かせづばやと歩へとも

第にむらをさのふく義 あれハたルコといえなしかた、「そも

いかに」てよるらんやとおもひいる也、かたらひ肩を残申候義つい/\と

うち聞てそのはのごときハめてよし、去るらんにハそれがしを【右の下▼】

【▲左の上ゟ(より)】をり

えと子供ハ(海)

たりえと申す、としなほ

三ツと当才(とうさい)也、ふう

ふ かたミ におひもしる

いだきもおいゆくものな

たバたびこのうたをなく

さむ、よすがありけるわ

荷おもくにますべし、このときに

は たがひおひたとうふに、文

具兵衛ハとゞめ

かけて、女

をう 山木

と第も弟の

折羽をりを

まるきちかづ

けてこと意つく、

とつけ者ら

するに、山木ハ

ひたすらはじめて女めずをは羽ハ何とも

いハねども、なれ(似)さとをいてて次第いづ

こへつゑをとゞめてん、ゆくへなほ やうとりて い

さそミへ、人ににたるへ(、)るきを、今より思ひせるゝ、たん息そのほかなかり

ける、かくて武具蔵ふうふのもの、たびたちのだんかに、

、、、、、、、、、(本の折り目で読めず)

 

中央 女

お「いふまでハなけれども、おちついた(1)」

  「(1)なら一ト日もはやくたよりをきかして

      くださんせへ、なんにも

       しらずに武具は(、)

        あのうれしがる

         かほ ハいの」

 中央真中 男

文「九郎

  五郎が

  おざらうと*

 

  *もう来さうな

    者じや、しづかに

   ゆきやれ、さらバ /\」

 


映画『花筐』(はながたみ)2017年 大林宣彦 監督 原作檀一雄『花筐』 音楽 山下康介 5★/5

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 写真は、水面

 

  映画『花筐』(はながたみ)2017年 大林宣彦 監督 原作檀一雄『花筐』音楽 山下康介 5★/5

 

 色の連鎖、言葉の連鎖、筋書き、音楽、色彩、役者など、言葉では語りつくせないほど、感動した。

 そして、世阿弥作謡曲『花筐』(『脳を読む 2 世阿弥』)を読んでみると、物狂いや「水の月」などといった映画との関連性を持つ部分があった。

 

 長塚圭史、常盤貴子、池畑慎之介、白石加代子、品川徹等が、半端なく上手かった。

 この映画は時間をおいてもう一度見てみたい。

 今回も記録のみにて失礼いたします。

 

 

 

大林宣彦 監督 

原作檀一雄 『花筐』

2017年

榊山俊彦(僕) 窪塚俊介 江馬美那 矢作穂香 江馬圭子 常盤貴子 鵜飼 満島真之介 吉良 長塚圭史 あきね 山崎紘菜 阿蘇 柄本時生 千歳 門脇麦

 

 wowow公式HP ▼

4月10日に逝去した大林宣彦監督が「この空の花 長岡花火物語」「野のなななのか」に続けて放った、“戦争三部作”第3作。太平洋戦争直前の唐津市が舞台の青春群像劇。

大林監督の“戦争三部作”の中でも本作はユニークで、商業映画監督デビュー作「HOUSE/ハウス」よりも前、大林監督は直木賞受賞作家、檀一雄の「花筐」を脚色していたが、それを40年の年月を超えて映画化したのが本作。“戦争三部作”で一貫して平和のすばらしさをたたえた大林監督だが、本作は太平洋戦争の直前を時代背景とし、青春物語を独自の映像センスを駆使して描くという、まるで原点に返るかのようなアプローチを敢行。これから戦争に巻き込まれかねない、はかない人間群像をエネルギッシュに描いた。

謡曲『花筐』 狂女物  世阿弥作謡曲『花筐』(『能を読む 2 世阿弥』)

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 謡曲『花筐』世阿弥 狂女物

 

 越前国→大和国 

 世阿弥作謡曲『花筐』(『能を読む 2 世阿弥』)  

 越前国にいた大迹部皇子は皇位継承が決まった為、大和へ行く。

 親しくしていた恋人の照日前(前シテ)には手紙と形見の花籠を遣わす。

 手紙と花籠を見た照日前は、恋しさの余り旅に出る。

 雁を見て、『彼の方はいづこ、雁についていけば、あの方も元につくだろうか。』と、物狂いの様子となる。

 

 大和に着いた照日前(後シテ)は、天皇となった大迹部皇子の行列に出会う。

 臣下(ワキ)は狂女を追い払おうとし、彼女が手にしていた形見の花籠を打ち落とす。

 

 照日前は天皇への恋しさと畏れ多さに心乱れ、皇子の面影思い、涙する。

 

 御前で舞えとの宣旨に彼女は、自らの叶わぬ思いを託し、古代中国でおこった帝と夫人との悲恋の物語を謡い舞う。

 その舞の姿に、故郷の恋人だと確認した天皇は彼女を再び宮仕えに召そうと告げ、照日前は大迹部皇子(天皇)と再び一緒になれた。

『東海道中膝栗毛 初編』   「揚げ足取り」、ここでは「詞咎め」(ことばとがめ)と記されている。

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写真は、『黒塚』

 

 

『東海道中膝栗毛 初編』

「揚げ足取り」 ここでは「詞咎め」(ことばとがめ)と記されている。

 

北 「これ/\お女中、たばこ盆に火を入れてくんな。」

弥二「たばこ盆に火を入れたらこげてしまう、云々」

北 「おめへも詞咎めをするもんだ。それじゃ、日が短い時にやァ、たばこものまずにゐにやァならね。」

 

言葉咎 (日本国語大辞典) 〘名〙 相手のことばじりをとらえて非難すること。ことばとまげ。  寛永刊本蒙求抄(1529頃)七「詞とがめなどして死はをかしい事ぢゃげに候」

映画『藁の楯 』(わらのたて) 2013年 監督:三池崇史 脚本:林民夫 大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也

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  映画『藁の楯 』(わらのたて) 2013年 監督:三池崇史 脚本:林民夫 大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也

 

 この映画も二度目だが、初めから最後まで見入ってしまった。

 この映画も好きだな^^

 

 一昨日から昨日にかけて、wowowでは藤原竜也特集のように、複数本の映画を放映された。

 ラッキーとばかりに全てを録画した私。映画『Diner ダイナー』をもう一度見られるのはありがたい。

 

 今回も記録のみにて失礼いたします。

 

 

 

 監督:三池崇史  脚本:林民夫

 2013年  126分

銘苅一基 大沢たかお 白岩篤子 松嶋菜々子 清丸国秀 藤原竜也 蜷川隆興 山崎努 奥村武 岸谷五朗 関谷賢示 伊武雅刀 神箸正貴 永山絢斗 由里千賀子 余貴美子 大木係長 本田博太郎

 

 126分

 

wowow公式HP ▼

大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也が共演した、鬼才・三池崇史監督のノンストップサスペンス。警察は10億円の賞金を懸けられた凶悪犯を九州から東京まで護送できるのか。

コミック作家きうちかずひろが木内一裕名義で発表した小説を映画化。凶悪犯に殺された少女を孫に持つ財界の大物が、犯人の命に10億円の賞金を懸ける。日本全国がにわかに殺気立つ中、警視庁は5人の警官に犯人を護送させようとするが、次から次へと邪魔者が現われ……。日本の新幹線が舞台のシーンを台湾の新幹線でロケするなど、邦画のスケールを超えたビッグアクションが見ものだが、警察内部でも裏切りや妨害があるなど、二転三転するサスペンスとしても見応えたっぷり。俳優陣では凶悪犯役の藤原の熱演が光る。

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】十三丁ウ 井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】十三丁ウ 井原西鶴


新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)もきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

 

 

 




 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】十四丁オ 井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】十四丁オ 井原西鶴

 

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたず、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

 

 

粽(つまき ちまき)

しなくだり(宿下り)下り)

五文字(発句の五文字)


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】十四丁ウ 井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】十四丁ウ 井原西鶴

 

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

こゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

 

 

ミつからして(自らして)

 

 


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

こゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 


映画『Burning バーニング』2018年 韓国 村上春樹の短編 イ・チャンドン監督・脚本

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写真は、『三番叟』

 

 映画『Burning バーニング』2018年 韓国 村上春樹の短編 イ・チャンドン監督・脚本

 

 みかんを食べるゼスチャーをしながら、

「あると思うんじゃなくって、美味しいと思えば云々」

から始まり、井戸が「ある」「ない」「ない」「ある」

 そして、原稿を書いた上での、男への殺害。

 

 これは、現実であり夢幻であり…。

 

 相手方男の

「二ヶ月に一回、ビニールハウスを燃やすんだ。絶対見つからないよ。」

の言葉を受けての、殺害後の最後のBurningの炎の色は印象的。

 

 この映画も好きだな。

 最近、とある一本を除いては、好きな映画に当たる機会が多いな^^

 今回も題名のみにて失礼いたします。

 

 

監督 イ・チャンドン 脚本 イ・チャンドン 脚本 オ・チョンミ 撮影 ホン・ギョンピョ 音楽 モグ イ・ジョンス ユ・アイン ベン スティーヴン・ユァン シン・ヘミ チョン・ジョンソ 町内会長 チョン・チャンオク ジョンスの母 パン・ヘラ  

 

原題/Burning 制作年/2018 制作国/韓国 内容時間(字幕版)/149分

 人気作家・村上春樹の短編を、韓国の名匠イ・チャンドン監督が独自のタッチで映画化。第71回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞ほかを受賞し、絶賛を博した傑作。

「オアシス」で第59回ヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞(監督賞)、「ポエトリー アグネスの詩」では第63回カンヌ国際映画祭脚本賞に輝くなど、現代韓国の名匠のひとりとして活躍するイ・チャンドン監督。8年ぶりの監督作となった本作では、村上春樹の短編「納屋を焼く」を大幅に脚色しながら独自のタッチで映画化。「ベテラン」のユ・アイン、注目の新星女優チョン・ジョンソら、主役の男女3人が繰り広げるスリル満点のドラマの行方は、最後まで目が離せない。今回は、劇場公開された148分の全長版を放送。

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】十五丁オ 井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】十五丁オ 井原西鶴

 

 

風の夜ハなを、まつ人もみえず、御幸(ごこう)の祭り又は、五月の

五日六日それくみ売(うり)日(ひ)迄(まて)、誰(たれ)さまをさして、其日ハと、いふほ

どの、たよりもなきに、あらくせがまれて、やう/\日数(かす)

程(ほと)ふりて、二(ふた)とせ計(はかり)は、暮(くら)し候へと、行末(ゆくすへ)の事おそ

ろしく、里はなれにまします、親立(おやたち)ハいかに、世をおくら

るゝぞ、其後(のち)ハたよりもなく、まして爰に、尋(たづ)ねたまハねば

と、そゝろに泪(なみた)を流(なが)す、其親里(おやさと)ハときけてば、山科(やましな)の

里にて、源(げん)八とかたる、かくあらぬさきこそ、ちか/\尋(たず)ねて

、無事(ぶし)のあらましをも、きかせ申へしといへと、うれ

しきやうすもなく、かならず/\、御尋(たつね)ハ御もつたいなし

はしめの程(ほと)ハ、赤根(あかね)などほりてありしが、今ハおとろいて

 

 

 

 

二(ふた)とせ計(はかり)=(ふたとせばかりは)

そゝろ(そぞろ 漫ろ)[形動][文][ナリ]《「すずろ」と同語源》  (国語大辞典)

1  1 これといった理由もなしにそうなったり、そうしたりするさま。なんとなく。

 2 心が落ち着かないさま。そわそわするさま。

 3 不本意なさま。意に満たないさま。

 4 かかわりのないさま。

 5 むやみなさま。やたら。

 2[副]わけもなく。なんとなく。「漫ろ寒さが身にしみる」

 

おとろいて(驚いて)

 


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

こゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】

風の夜ハなを、まつ人もみえず、御幸(ごこう)の祭り又は、五月の

五日六日それくみ売(うり)日(ひ)迄(まて)、誰(たれ)さまをさして、其日ハと、いふほ

どの、たよりもなきに、あらくせがまれて、やう/\日数(かす)

程(ほと)ふりて、二(ふた)とせ計(はかり)は、暮(くら)し候へと、行末(ゆくすへ)の事おそ

ろしく、里はなれにまします、親立(おやたち)ハいかに、世をおくら

るゝぞ、其後(のち)ハたよりもなく、まして爰に、尋(たづ)ねたまハねば

と、そゝろに泪(なみた)を流(なが)す、其親里(おやさと)ハときけてば、山科(やましな)の

里にて、源(げん)八とかたる、かくあらぬさきこそ、ちか/\尋(たず)ねて

、無事(ぶし)のあらましをも、きかせ申へしといへと、うれ

しきやうすもなく、かならず/\、御尋(たつね)ハ御もつたいなし

はしめの程(ほと)ハ、赤根(あかね)などほりてありしが、今ハおとろいて

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【5】十五丁ウ 井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【5】十五丁ウ 井原西鶴

 

 

往来(ゆきゝ)の人に袖乞(そてこひ)して然(しか)も因果(ゐんぐハ)ハ、人のきらひ候、煩(わつら)ひ

ありて」と申侍る、起別(をきわか)れて、是を聞(きゝ)ながら、なをたづね

ゆかんと里に行てみれば、柴(しば)あみ戸に、朝顔(あさかほ)いとやさし

く作(つく)りなし、鑓(ヤり)一すぢ、鞍(くら)のほこりをはらひ、朱鞘(しゆさや)の

一こしをはなさず、さつはりと、あいさつへて、かくと申せば、

いかに母なればとて、其身(其ミ)になりて、我を人に、しらせ侍る事

口惜(くちおし)しと泪(なミた)を流(なか)す、いろ/\申つくし、かの女むかしを

隠(かく)したる、こゝろ入をかんじて、程(ほと)なく娘を、山科(やましな)に

かへして、見捨(すて)す通ひける、其年ハ 十一歳の、冬(ふゆ)の

はしめ事也

 

 

 

一こし(ひとこし)

 


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

こゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】

風の夜ハなを、まつ人もみえず、御幸(ごこう)の祭り又は、五月の

五日六日それくみ売(うり)日(ひ)迄(まて)、誰(たれ)さまをさして、其日ハと、いふほ

どの、たよりもなきに、あらくせがまれて、やう/\日数(かす)

程(ほと)ふりて、二(ふた)とせ計(はかり)は、暮(くら)し候へと、行末(ゆくすへ)の事おそ

ろしく、里はなれにまします、親立(おやたち)ハいかに、世をおくら

るゝぞ、其後(のち)ハたよりもなく、まして爰に、尋(たづ)ねたまハねば

と、そゝろに泪(なみた)を流(なが)す、其親里(おやさと)ハときけてば、山科(やましな)の

里にて、源(げん)八とかたる、かくあらぬさきこそ、ちか/\尋(たず)ねて

、無事(ぶし)のあらましをも、きかせ申へしといへと、うれ

しきやうすもなく、かならず/\、御尋(たつね)ハ御もつたいなし

はしめの程(ほと)ハ、赤根(あかね)などほりてありしが、今ハおとろいて

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【5】

往来(ゆきゝ)の人に袖乞(そてこひ)して然(しか)も因果(ゐんぐハ)ハ、人のきらひ候、煩(わつら)ひ

ありて」と申侍る、起別(をきわか)れて、是を聞(きゝ)ながら、なをたづね

ゆかんと里に行てみれば、柴(しば)あみ戸に、朝顔(あさかほ)いとやさし

く作(つく)りなし、鑓(ヤり)一すぢ、鞍(くら)のほこりをはらひ、朱鞘(しゆさや)の

一こしをはなさず、さつはりと、あいさつへて、かくと申せば、

いかに母なればとて、其身(其ミ)になりて、我を人に、しらせ侍る事

口惜(くちおし)しと泪(なミた)を流(なか)す、いろ/\申つくし、かの女むかしを

隠(かく)したる、こゝろ入をかんじて、程(ほと)なく娘を、山科(やましな)に

かへして、見捨(すて)す通ひける、其年ハ 十一歳の、冬(ふゆ)の

はしめ事也

「皇国二十四考」柳亭種彦記 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(P.116)より

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 「皇国二十四考」柳亭種彦記 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(P.116)より

 

 

皇国二十四考

 信濃国(しなのゝくに)の考子(かうし)善之烝(ぜんのじやう)

 盂蘭盆(うらぼん)に施餓鬼(せがき)を執行(しつぎやう)

 する【はじまり】ハ、釈迦(しやか)の御弟子(おんでし)目(もく)

 蓮(れん)尊者(そんじや)が、母(はゝ)の罪障(ざいしやう)消滅(せうめつ)せず

 して、地獄(じごく)に堕(おち)しを深(ふか)く嘆(なげ)き、

 親(した)しく冥土(めいど)へ趣(おもむ)きて、餓鬼道(がきどう)の

 苦言(くげん)を目視(もくし)し、諸佛(しょぶつ)に百味(ひゃくミ)

 五薬(ごくわ)を供(そな)へて、母(はゝ)に食(しょく)を得(え)さ

 しとある、説教(せつけう)の意(い)に

【はうはつ】たる善右衛門(ぜんゑもん)が

 長男(せがれ)善之烝(ぜんのじやう)ハ、父(ちゝ)が難病(なんびやう)を

 癒(いや)さんと、地蔵堂(ぢざうどう)に通夜(つや)せし

 時(とき)、善右衛門(ぜんゑもん)が前生(ぜんしやう)に作(つく)りし罪(つミ)

 を夢(ゆめ)を見(み)て、佛(ほとけ)に祈(いのり)詫(たび)けれバ、

 諸天善神(しよてんぜんじん)感応(かんおう)ありて、父(ちゝ)が危(き)

 篤(とく)の大病(たいびやう)の一度(ひとたび)全治(ぜんち)に、及(およ)びしハ、

 實(まこと)に奇特(きどく)の善童子(ぜんどうじ)なる哉(かな)

  柳亭種彦記

 

 月岡芳年

 1881年

 大判錦絵

 

 

盂蘭盆  ウィキペディア

 盂蘭盆とは、とは、太陽暦7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる仏教行事のこと。盂蘭盆(うらぼん)、お盆ともいう。

施餓鬼(法会(ほうえ)の一つ。飢え苦しむ生類(しょうるい)や弔う者のない死者の霊に、飲食物を供えて経を読む供養(くよう)。)  国語大辞典

善童子

 1 善財童子(ぜんざいどうじ)は、仏教の童子の一人であり『華厳経入法界品』『根本説一切有部毘奈耶薬事』などに登場する。

 2 善童子王子跡(ぜんどうじおうじあと) 指定区別:市指定史跡 所在地等:和歌山 湯川町富安

善神(諸天善神)  ウィキペディア

 護法善神(ごほうぜんじん)とは、仏法および仏教徒を守護する主に天部の神々(天)のこと。 護法神(ごほうしん)、あるいは諸天善神(しょてんぜんしん)などともいう。

 

柳亭種彦(りゅうてい たねひこ、天明3年-天保 13年(江戸時代後期の戯作者。長編合本『偐紫田舎源氏』などで知られる。通称は彦四郎、別号に足薪翁、木卯、偐紫楼。

 

 

「和漢百物語」隅田了古 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(117)より

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「和漢百物語」隅田了古 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(P.117)より

 

 

和漢百物語(わかんひやくものがたり)

 周(しう)の武王(ぶわお)ハ 殷の紂王(ちうわう)を滅亡(めつぼ ママ)さん

 と大軍(たいぐん)を引卒(しい ママ)て押行(ほしゆく)おうこう 高(かう)

 明、高覚といふ者(もの)お(おつ)て出(いで)念(ふんぜん)として

 防(、)戦ふ、其(その)勢(いきほ)ひ(、)たにして当(あた)ゑ二も

 あらず、爰(この ママ)に太公望(たいこうぼう)斗(はら)いて雷震(らいしん)に討(うた)

 らむるに、今ハ両(、)(りょうしゅ)かなわずして(、、)いはる

 かに飛去(とびさり)ける、是本ニ鬼の髪仍也とぞ

   隅田了古 筆記

 

 字が小さいは、当て字だらけだは、難しいはで、読めな〜〜い^^;;

 

殷(いん)   ウィキペディア

 殷(いん-、紀元前17世紀-紀元前1064年)は、古代中国の王朝である。文献には天乙(湯)が夏を滅ぼして建立したとされ、考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝である。殷代、商(しょう)、商朝、殷商とも呼ばれる。紀元前1世紀に帝辛(紂王)の代に周によって滅ぼされた(殷周革命)

 

紂王(ちゅううおう)  ブリタニカ国際j百科事典

 中国,の最後 (第 30代) の王。前 11世紀頃に三十数年在位。名は帝辛とも呼ばれる。諡号。『史記』その他の所伝によれば体力知力にすぐれたが,妲己 (だっき) を愛して酒池肉林の楽しみにふけり,諫言を退け,民心のそむくところとなり,武王討伐にあって王都朝歌の鹿台でみずから火中に投じて死に,殷王朝は滅亡した。いわゆる殷周革命である。後世,夏の桀王(けつおう) とともに悪虐の王の代表とされるが,各王朝の末王がそのように歪曲されるのは常であり,必ずしも史実とはいえない

 

斗 (はら う) 国語大辞典

 ①ます。とます。ひしゃく。また、ますやひしゃくの形をしたもの。「科斗」

 ②尺貫法の容量の単位。一升の一〇倍。約一八(リットル)。「斗酒」 ③星座の名。天の南と北にある星座「南斗」「北斗」のこと。

 

隅田了古(すみだ りょうこ、生没年不詳)とは、江戸時代から明治時代にかけての浮世絵師。  ウィキペディア

 師系不明。叟斎(そうさい)了古、細島晴三とも称す。江戸の人で隅田に住む。作画期は文久から明治初期頃にかけてで、主に歌川派風の風俗画風刺画を描いている。

 

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