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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【3】  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【3】  井原西鶴




かねて、そこ/\にして、塗下駄(ぬりげた)をはきもあへず、あか
れば、袖垣(そでかき)のまばらなるかたより、女をよび懸、「初夜(しよや)
のかねなりて、人しつまつて後(のち)、これなるきり
戸(と)を開けて、我うたもふ事をきけ」とあれば
「おもひよらす」と答(こた)ふ、「それならば今のことを、
おほくの女共に、沙汰(さた)せん」といはれける、何(なに)をか
見付られけるおかし、女めいわくなから、とも
かくも云捨(いいすて)て、たゞ 何こゝろもなく、「みだれし
烏羽玉(うばたま)の夜(よ)るの髪(かミ)は、たれか見るべく」と、はし
たなく、つかみさがして、つねの姿(すがた)なりしに、かの
足音(あしおと)して しのぶ女(をんな) 是非(セ日)なく、御こゝろにかなふ



 絵図にも世之介が屋根に登り、女が湯に浸かる様子を遠眼鏡を使って見ている様子が描かれている^^

      人には見せぬ所
皷(つゞみ)もすぐれて、興(けう)なれども、「跡(あと)より恋(こひ)の責(セめ)くれば」
と、そこ計(ばかり)を、明(あけ)くれうつ程(ほと)に、後(のち)にハ親(おや)の
耳(ミヽ)にも、かしかましく、俄(にわか)にやめさせて、世を
わたる男芸(おとこげい)とて、両替町(りょうかへまち)に春日屋(かすがや)とて、母(はゝ)かた
の所縁(ゆかり)あり、此もとへ銀(ぎん)見習(なら)ふためとて、つかハし
置(をき)けるに、はやしに一ばい三百目の借(か)り手形(てがた)
いかに、欲(よく)の世の中なれは迚(とて)、かす人もおとなげ
なし、其頃(そのころ)九才の、五月四日の事ぞかし、あやめ
葺(ふき)かさぬ流、軒(のき)のつま見越(こし)の柳(やなぎ)しげりて、木下(このした)
闇(やミ)の夕暮(くれ)みぎりに しのべ竹の人除(よけ)に

笹屋嶋(さゝやしきま)の帷子(かたびら)、女の隠(かく)し道具(たうぐ)を、かけ捨(すて)ながら
菖蒲湯(しやうぶゆ)を、かゝるよしして、中居(なかゐ)ぐらいの女房(にうばう)、
我(われ)より外(ほか)にハ、松(まつ)の声(こゑ)、若(もし)帰化ば、壁(かべ)に耳(ミヽ)みる
人ハあらしと、ながれはずねの、あとをもはぢぬ
臍(へそ)のあたりの、垢(あか)かき流(なが)し、なをそれよりそこらも
糠袋(ぬかぶくろ)にみだれて、かきみたる湯玉(ゆたま)、油(あぶら)ぎりて
なん、世之介四阿屋(あつまや)の、棟(むね)にさし懸(かゝり)、亭(ちん)の遠眼鏡(とをめかね)
を取持(とりもち)て、かの女を偸間(あからさま)に見やりて、わけなき事
どもを、見とがめ、ゐるこそおかし、興風(ふと)女の目に
かゝれば、いとはづかしく、声(こゑ)をもたてず、手を合せ
拝(おか)めども、顔(かほ)しかめ、指(ゆび)さして笑(わら)へば、たまり

かねて、そこ/\にして、塗下駄(ぬりげた)をはきもあへず、あか
れば、袖垣(そでかき)のまばらなるかたより、女をよび懸、「初夜(しよや)
のかねなりて、人しつまつて後(のち)、これなるきり
戸(と)を開けて、我うたもふ事をきけ」とあれば
「おもひよらす」と答(こた)ふ、「それならば今のことを、
おほくの女共に、沙汰(さた)せん」といはれける、何(なに)をか
見付られけるおかし、女めいわくなから、とも
かくも云捨(いいすて)て、たゞ 何こゝろもなく、「みだれし
烏羽玉(うばたま)の夜(よ)るの髪(かミ)は、たれか見るべく」と、はし
たなく、つかみさがして、つねの姿(すがた)なりしに、かの
足音(あしおと)して しのぶ女(をんな) 是非(セ日)なく、御こゝろにかなふ




『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【4】  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【4】  井原西鶴



やうにもてなし、其後小箱(はこ)をさがし、芥人形(けしにんきやう)
おきあがり、雲雀(ひばり)笛(ふえ)を取そろえ、ころ/\大
事の物ながら、さまにになに惜(お)しかるべし、御
なくさみに、たてまつると、是にて、たらせども、う
れしさうなるけしきけしきもなく、「頓而(やがて)子をもつたらば、
それに、なきやます物にも、なるぞかし、此(この)をき
あがりが、そなたにほれたかして、こけ懸(かゝ)る」と、
いひ様、膝枕(ひざまくら)して、なをおとなしきところ
あり、おんな赤面(セきめん)して、よもやとゞ事とハ、人ニ
も見まじ、とくと心をしつめ、御脇(わき)ばらなどを
はゞかりながらなてさすり、すぎし年、二月(きさらぎ)の

頓而(やがて)


 絵図にも世之介が屋根に登り、女が湯に浸かる様子を遠眼鏡を使って見ている様子が描かれている^^



      人には見せぬ所
皷(つゞみ)もすぐれて、興(けう)なれども、「跡(あと)より恋(こひ)の責(セめ)くれば」
と、そこ計(ばかり)を、明(あけ)くれうつ程(ほと)に、後(のち)にハ親(おや)の
耳(ミヽ)にも、かしかましく、俄(にわか)にやめさせて、世を
わたる男芸(おとこげい)とて、両替町(りょうかへまち)に春日屋(かすがや)とて、母(はゝ)かた
の所縁(ゆかり)あり、此もとへ銀(ぎん)見習(なら)ふためとて、つかハし
置(をき)けるに、はやしに一ばい三百目の借(か)り手形(てがた)
いかに、欲(よく)の世の中なれは迚(とて)、かす人もおとなげ
なし、其頃(そのころ)九才の、五月四日の事ぞかし、あやめ
葺(ふき)かさぬ流、軒(のき)のつま見越(こし)の柳(やなぎ)しげりて、木下(このした)
闇(やミ)の夕暮(くれ)みぎりに しのべ竹の人除(よけ)に

笹屋嶋(さゝやしきま)の帷子(かたびら)、女の隠(かく)し道具(たうぐ)を、かけ捨(すて)ながら
菖蒲湯(しやうぶゆ)を、かゝるよしして、中居(なかゐ)ぐらいの女房(にうばう)、
我(われ)より外(ほか)にハ、松(まつ)の声(こゑ)、若(もし)帰化ば、壁(かべ)に耳(ミヽ)みる
人ハあらしと、ながれはずねの、あとをもはぢぬ
臍(へそ)のあたりの、垢(あか)かき流(なが)し、なをそれよりそこらも
糠袋(ぬかぶくろ)にみだれて、かきみたる湯玉(ゆたま)、油(あぶら)ぎりて
なん、世之介四阿屋(あつまや)の、棟(むね)にさし懸(かゝり)、亭(ちん)の遠眼鏡(とをめかね)
を取持(とりもち)て、かの女を偸間(あからさま)に見やりて、わけなき事
どもを、見とがめ、ゐるこそおかし、興風(ふと)女の目に
かゝれば、いとはづかしく、声(こゑ)をもたてず、手を合せ
拝(おか)めども、顔(かほ)しかめ、指(ゆび)さして笑(わら)へば、たまり

かねて、そこ/\にして、塗下駄(ぬりげた)をはきもあへず、あか
れば、袖垣(そでかき)のまばらなるかたより、女をよび懸、「初夜(しよや)
のかねなりて、人しつまつて後(のち)、これなるきり
戸(と)を開けて、我うたもふ事をきけ」とあれば
「おもひよらす」と答(こた)ふ、「それならば今のことを、
おほくの女共に、沙汰(さた)せん」といはれける、何(なに)をか
見付られけるおかし、女めいわくなから、とも
かくも云捨(いいすて)て、たゞ 何こゝろもなく、「みだれし
烏羽玉(うばたま)の夜(よ)るの髪(かミ)は、たれか見るべく」と、はし
たなく、つかみさがして、つねの姿(すがた)なりしに、かの
足音(あしおと)して しのぶ女(をんな) 是非(セ日)なく、御こゝろにかなふ

やうにもてなし、其後小箱(はこ)をさがし、芥人形(けしにんきやう)
おきあがり、雲雀(ひばり)笛(ふえ)を取そろえ、ころ/\大
事の物ながら、さまにになに惜(お)しかるべし、御
なくさみに、たてまつると、是にて、たらせども、う
れしさうなるけしきけしきもなく、「頓而(やがて)子をもつたらば、
それに、なきやます物にも、なるぞかし、此(この)をき
あがりが、そなたにほれたかして、こけ懸(かゝ)る」と、
いひ様、膝枕(ひざまくら)して、なをおとなしきところ
あり、おんな赤面(セきめん)して、よもやとゞ事とハ、人ニ
も見まじ、とくと心をしつめ、御脇(わき)ばらなどを
はゞかりながらなてさすり、すぎし年、二月(きさらぎ)の




 『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【5】  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【5】  井原西鶴



二日に、天柱(ちりけ)すえさせたまふおりふし、黒(くろ)ぶたに
塩(しほ)をそゝぎ、まいらせけるが、其御時とハ、御尤愛(いとを)
しさも今なり、是(これ)へ御入候へ」と帯(おび)仕ながら 懐(ほゝ)へ
入て、じつと抱(いだき)しめ、それよりかき出して、おもての
隔子(かうし)を、あらくたゝきて、「世之介様の御乳母(うば)どの」と、
よび出し、「御無心(むしん)ながら ちゝをすこしもらひ
ましよ」はしねをかたれば、「まだ今やなど
かやうの事ハ」と、腹(はら)かゝえて笑(わら)ひける



尤愛しい(いとをしい= 愛おしい)
隔子  (かうし= 格子))



 絵図にも世之介が屋根に登り、女が湯に浸かる様子を遠眼鏡を使って見ている様子が描かれている^^



      人には見せぬ所
皷(つゞみ)もすぐれて、興(けう)なれども、「跡(あと)より恋(こひ)の責(セめ)くれば」
と、そこ計(ばかり)を、明(あけ)くれうつ程(ほと)に、後(のち)にハ親(おや)の
耳(ミヽ)にも、かしかましく、俄(にわか)にやめさせて、世を
わたる男芸(おとこげい)とて、両替町(りょうかへまち)に春日屋(かすがや)とて、母(はゝ)かた
の所縁(ゆかり)あり、此もとへ銀(ぎん)見習(なら)ふためとて、つかハし
置(をき)けるに、はやしに一ばい三百目の借(か)り手形(てがた)
いかに、欲(よく)の世の中なれは迚(とて)、かす人もおとなげ
なし、其頃(そのころ)九才の、五月四日の事ぞかし、あやめ
葺(ふき)かさぬ流、軒(のき)のつま見越(こし)の柳(やなぎ)しげりて、木下(このした)
闇(やミ)の夕暮(くれ)みぎりに しのべ竹の人除(よけ)に

笹屋嶋(さゝやしきま)の帷子(かたびら)、女の隠(かく)し道具(たうぐ)を、かけ捨(すて)ながら
菖蒲湯(しやうぶゆ)を、かゝるよしして、中居(なかゐ)ぐらいの女房(にうばう)、
我(われ)より外(ほか)にハ、松(まつ)の声(こゑ)、若(もし)帰化ば、壁(かべ)に耳(ミヽ)みる
人ハあらしと、ながれはずねの、あとをもはぢぬ
臍(へそ)のあたりの、垢(あか)かき流(なが)し、なをそれよりそこらも
糠袋(ぬかぶくろ)にみだれて、かきみたる湯玉(ゆたま)、油(あぶら)ぎりて
なん、世之介四阿屋(あつまや)の、棟(むね)にさし懸(かゝり)、亭(ちん)の遠眼鏡(とをめかね)
を取持(とりもち)て、かの女を偸間(あからさま)に見やりて、わけなき事
どもを、見とがめ、ゐるこそおかし、興風(ふと)女の目に
かゝれば、いとはづかしく、声(こゑ)をもたてず、手を合せ
拝(おか)めども、顔(かほ)しかめ、指(ゆび)さして笑(わら)へば、たまり

かねて、そこ/\にして、塗下駄(ぬりげた)をはきもあへず、あか
れば、袖垣(そでかき)のまばらなるかたより、女をよび懸、「初夜(しよや)
のかねなりて、人しつまつて後(のち)、これなるきり
戸(と)を開けて、我うたもふ事をきけ」とあれば
「おもひよらす」と答(こた)ふ、「それならば今のことを、
おほくの女共に、沙汰(さた)せん」といはれける、何(なに)をか
見付られけるおかし、女めいわくなから、とも
かくも云捨(いいすて)て、たゞ 何こゝろもなく、「みだれし
烏羽玉(うばたま)の夜(よ)るの髪(かミ)は、たれか見るべく」と、はし
たなく、つかみさがして、つねの姿(すがた)なりしに、かの
足音(あしおと)して しのぶ女(をんな) 是非(セ日)なく、御こゝろにかなふ

やうにもてなし、其後小箱(はこ)をさがし、芥人形(けしにんきやう)
おきあがり、雲雀(ひばり)笛(ふえ)を取そろえ、ころ/\大
事の物ながら、さまにになに惜(お)しかるべし、御
なくさみに、たてまつると、是にて、たらせども、う
れしさうなるけしきけしきもなく、「頓而(やがて)子をもつたらば、
それに、なきやます物にも、なるぞかし、此(この)をき
あがりが、そなたにほれたかして、こけ懸(かゝ)る」と、
いひ様、膝枕(ひざまくら)して、なをおとなしきところ
あり、おんな赤面(セきめん)して、よもやとゞ事とハ、人ニ
も見まじ、とくと心をしつめ、御脇(わき)ばらなどを
はゞかりながらなてさすり、「すぎし年、二月(きさらぎ)の

二日に、天柱(ちりけ)すえさせたまふおりふし、黒(くろ)ぶたに
塩(しほ)をそゝぎ、まいらせけるが、其御時とハ、御尤愛(いとを)
しさも今なり、是(これ)へ御入候へ」と帯(おび)仕ながら 懐(ほゝ)へ
入て、じつと抱(いだき)しめ、それよりかき出して、おもての
隔子(かうし)を、あらくたゝきて、「世之介様の御乳母(うば)どの」と、
よび出し、「御無心(むしん)ながら ちゝをすこしもらひ
ましよ」はしねをかたれば、「まだ今やなど
かやうの事ハ」と、腹(はら)かゝえて笑(わら)ひける


乱鳥徒然 

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 とりあえず、ズンバとラジオ体操第一とラジオ体操第一、第二、第三を済ます。
 其の後、Deep Purpleだの、King Crimsonだの、Uriah Heepだののアップテンポな曲を選び、リズムに乗せて小声で歌い、踊る。
 こんな時こそ感じる^^
 Rockというジャンルの曲も好きでよかった!と^^v

 本日はこれから映画か舞台の録画或いはYouTubeを見る事にしよう。

 お仕事をなさっておられる方々には、頭がさがる思いだが、
 本日も私、外出、無し。

 来ていただいた皆様、ありがとうございます。
 こんな時こそ、私自身が、万物に感謝する心を忘れませんように



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 写真は、信貴山


 



国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Aプロ 鳥居前・渡海屋・大物浦  よ! 音羽屋!! 

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【期間限定】国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Aプロ 鳥居前・渡海屋・大物浦
KABUKI “Yoshitsune Senbon Zakura” Program A

 尾上菊之助 
 中村鴈治郎
 他

 馴染みのある 歌舞伎の『義経千本桜』「鳥居前・渡海屋・大物浦」を見る。
 近海見たのは、コロナウイルスの影響で、流れてしまった国立劇場の『義経千本桜』を無観客で録画し、期間限定で公開していただいたもの。

 多少の覚えている台詞を役者気取りで言い回し、ウイルスなんて吹っ飛ばせ!!とばかりに手を叩き、TVに向かって大向こうをはってのウキウキ気分で、楽しんだ。
 また、仁左衛門丈などの他の役者の言い回しや仕草なども思い浮かべながら見たものだから、気分は相当傾いていたような^^

 菊之助さんはほんに良い役者となられたなぁ。
 表情といい声色といい…
          よ! 音羽屋!!     


 Bプロ「椎の木・小金吾討死・鮓屋」、Cプロ「道行初音旅・河連法眼館」は明日楽しむとしましょうっとv^^v


4/30まで
◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Aプロ 鳥居前・渡海屋・大物浦 】
    https://www.youtube.com/watch?v=az2wWl4AY9U  1:40:22

◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Bプロ 椎の木・小金吾討死・鮓屋 】
    https://www.youtube.com/watch?v=W3X0oNmbl2g  1:51:18

◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Cプロ 道行初音旅・河連法眼館 】
     https://www.youtube.com/watch?v=Xf2E4EGvzsg  1:36:31
 

国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Bプロ 椎の木・小金吾討死・鮓屋  尾上菊之助 上村 吉弥

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【期間限定】国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Bプロ 椎の木・小金吾討死・鮓屋
KABUKI “Yoshitsune Senbon Zakura” Program B

 尾上菊之助 
 上村 吉弥
 中村萬太郎
 中村 米吉
 市村 橘太郎
 中村 梅枝 
 河原崎 権十郎
 市村 萬次郎
 市川 團蔵
 上村 吉太朗
 他


 椎の木・小金吾討死・鮓屋 の段もとても好き。
 おすきの最後の、尼寺に入るため父と別れる家の裏の場面は見たかったな^^

 おすきの台詞に合わせ声合わせ、笑うわ笑うわ、今夜もつきかと夜空を見上げたが、星月無しで意気消沈^^

 吉弥 、お見事!
 團蔵声良し、 権十郎顔良し、吉太朗表情良し、
 若い役者さんたちも大変お上手な役者さんが多く、歌舞伎の将来も安泰と安堵する。
 みんなめでたく、感情移入よろしくと、大変良いお舞台。

 いがみの権太でわくわくするわ、泣くわで、私のかんげき、いやはや忙しい事この上無し。

 鮓屋の段で、吾曰く、
「いかに忠義とはいえ、せつなかろうぞ!」
と、
好き放題にぼやき、大泣きに泣く鳥、横で歌人が、はたと見てはた迷惑な顔ぞしける。

 乱鳥跡を濁すとは古来からの言い伝え。

 仁左衛門丈のいがみの権太を思い浮かべ、他の役者の言い回しも思い出しながら見る菊ちゃん(尾上菊五郎)のいがみの権太もまた良し!と手を打つは、大向こう小向こうを貼り、乱鳥一声、

          よ! 音羽屋!!     

  


 明日は、Cプロ「道行初音旅・河連法眼館」は明日楽しむとしましょうっとv^^v


4/30まで
◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Aプロ 鳥居前・渡海屋・大物浦 】
    https://www.youtube.com/watch?v=az2wWl4AY9U  1:40:22

◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Bプロ 椎の木・小金吾討死・鮓屋 】
    https://www.youtube.com/watch?v=W3X0oNmbl2g  1:51:18

◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Cプロ 道行初音旅・河連法眼館 】
     https://www.youtube.com/watch?v=Xf2E4EGvzsg  1:36:31

国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Cプロ 道行初音旅・河連法眼館

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【期間限定】国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Cプロ 道行初音旅・河連法眼館
KABUKI “Yoshitsune Senbon Zakura” Program C

尾上菊之助
中村 鴈治郎
河原崎 権十郎
市村 萬次郎
中村 萬太郎
中村 時蔵


 道行初音旅・河連法眼館も馴染みの演目で、ところどころ台詞に言葉を重ねて楽しむ。
 それでも足らず、「河連法眼館」では、役者の動きを真似ながら、せわしなく見る、乱鳥。
 おかげで、心は満足、体もいい具合に動かすことができた。
 側で見ていたら、軸足が効かず、ビール瓶が2,3本もコロコロと転がっている状態であろうと思う。

 から手でササも持たず、役者気取りで
「静かに、ただのむ(忠信 実ハ源九郎狐)」
とにんまり笑い、テレビに向かうあほう鳥。

 菊ちゃんの 源九郎狐
「この皷はぁ〜、母でござりまする」の台詞の「ござりまする」
が独特で、他の役者とはまた違う。
 アクセントがくどくなく、押し付けがましくない。

 鳥曰く、
「菊之助の台詞もまたいいものだなぁ〜。」
と。
 
          よ! 音羽屋!!     

  


 明日は、Cプロ「道行初音旅・河連法眼館」は明日楽しむとしましょうっとv^^v


4/30まで
◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Aプロ 鳥居前・渡海屋・大物浦 】
    https://www.youtube.com/watch?v=az2wWl4AY9U  1:40:22

◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Bプロ 椎の木・小金吾討死・鮓屋 】
    https://www.youtube.com/watch?v=W3X0oNmbl2g  1:51:18

◉【 YouTube 国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Cプロ 道行初音旅・河連法眼館 】
     https://www.youtube.com/watch?v=Xf2E4EGvzsg  1:36:31

4/25 YTで歌舞伎 2本目は『伊賀越道中双六 沼津』

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 【期間限定配信】三月歌舞伎座『伊賀越道中双六 沼津』舞台映像 
 Igagoe Dōchū Sugoroku NUMAZU

 

 松本幸四郎

 片岡孝太郎

 松本吉之丞

 坂東弥十郎

 松本白鸚


 この演目もお気に入りの一つ。
 ワッセワッセとカゴには乗らす、♪いぃ〜ぃぃぃ〜ぃ、いいしい、いぃい〜、、、といの一番「い」で宿場を駆け巡る。

 前半で笑いに笑い、後半で涙する。


 筋書きがしっかりとし、前半は途中俳諧を匂わす言葉や、掛詞(例えば、「とこ」)。
 また『東海道中膝栗毛』を思わせる当時の往来の様子やさかさか言葉まで出てくるから、面白い^^

 後半は一転。涙涙の物語。これだから、『沼津』はたまらない。

 新幸四郎と現白鸚は、今回の『伊賀越道中双六 沼津』ではなかなか良かった。
 これって、ここ十数年このお二方、関西ではこんなに熱のこもった舞台を見てない。
 ということは、南座や松竹座では、ムニュムニュ、、、ってことなの?

 今回、孝太郎が大熱演。
 良かった。
 もう少しオーバージェスチャーと芝居八倍の言い回しにされると、私のとても好きな七代目芝翫丈にも似ているような、そんな錯覚に陥った^^
 え?似てないって? どうもすみません^^

『沼津』は色々な役者さんで見たが、私の好きなお見立ては


 二代目 坂田藤十郎  × 五代目 片岡我當  +二代目 片岡秀太郎
 十五代目 片岡仁左衛門× 五代目 中村富十郎 +七代目 中村芝翫


 今夜も乱鳥、自由奔放好き放題に書いておりまするが、
 何卒、お許しなされてくださいませぇm--m
 




 

『新薄雪物語 花見 詮議 広間・合腹』(YTで、通しで見る) 歌舞伎座 三月歌舞伎座(無観客)

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 写真は、篠山本鼠草紙より



【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 花見 詮議 広間・合腹』

【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 花見』舞台映像 SHIN USUYUKI MONOGATARI-Hanami
【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 広間・合腹』舞台映像 SHIN USUYUKI MONOGATARI-Hiroma, Aibara
【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 詮議』舞台映像 SHIN USUYUKI MONOGATARI-Sengi



『新薄雪物語 花見 詮議 広間・合腹』を通して見る。

 清水の「花見」から始まる『新薄雪物語』
 京都の懐かしさにニコリ、歌舞伎にニコリ。
 出会いの役者は考太郎と、現幸四郎。

 「詮議」での歌六のかっこよさに、ニコリ。
 これでもかこれでもかの現芝翫の見得に継ぐ見得に、心は浮きだち、いざ!「広間・合腹」

 「広間」では、仁左衛門丈、現雀右衛門、歌六に見とれ
 待ってましたの「合腹」へ
 仁左衛門丈の切腹した後の表情が見たくって、見たくって^^
 
 「合腹」の場は仁左衛門丈、魁春の言い回しや仕草、感情移入に見とれ
 また。仁左衛門丈と吉右衛門の表情やしぐさ、「最後の笑い」の違いに見とれておりました^^
 
 それにしても、親の子に対する思いは、深いと、亡き父母を思う今日この頃。

 『新薄雪物語』も今一度見ることができて良かった。
 今日も、芝居を見たという満足感は大きい!


『新薄雪物語 花見 詮議 広間・合腹』(通し)
【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 花見』舞台映像 SHIN USUYUKI MONOGATARI-Hanami
【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 広間・合腹』舞台映像 SHIN USUYUKI MONOGATARI-Hiroma, Aibara
【期間限定配信】三月歌舞伎座『新薄雪物語 詮議』舞台映像 SHIN USUYUKI MONOGATARI-Sengi




 

『梶原平三誉石切』 歌舞伎座 無観客4/26日はユーチューブにて、歌舞伎三昧

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写真は、イラン マークー
車で国境像を何時間も走るとイランのマークーにある古い教会に着く。
運転手が私に、
「カメラを外に向けてはいけない」
と言う。
光が反射して、ライフルと間違われて、射撃されてはいけないからだと教えていただいた。
なるほど、国境を超えたすぐそばの監視等では、ライフルを持った監視員がこちらを見つめていた。

イランの関所が二ヶ所(たまたまかも)あり、監視員は皆、長い銃を持っておられる。
車内に双眼鏡を置いていたら、くどく聞かれた。
「これはなんのために、持っているのか?」
と。
大切なライカの双眼鏡だったので、没収されるかと思い、ヒヤヒヤした事を思い出す。

イランに行きたいな。中国にも行きたいな。
芝居を観に行きたいな!

昨夜も子から一時間を越す電話があった。
良き日かな、良き日也!





  『梶原平三誉石切』 歌舞伎座 無観客4/26日はユーチューブにて、歌舞伎三昧



 『梶原平三誉石切』

 劇場、TVを問わずずいぶん慣れ親しんだ『梶原平三誉石切』
 待ってましたのとがにんの「酒づくし」はおおよそ口づさ見ながら、体をゆすりつチズムをとりつの観劇。
 十代の頃から、この場面が好きなんですよね。

 最後の山場で手水鉢がスッパリと切れる、と、梶原、
「………………ておけも落ちた(要約)うひゃひゃひゃ、ひやぁ。うひゃひゃひゃ、ひやぁ。」
の一度目の「うひゃひゃひゃ、ひやぁ」」の後、仁左衛門丈の場合は一瞬力を抜いて、眩いばかりの微笑みをされる。
 この笑いって他は亡くなられた緒形拳が時々されていたっけ^^

 この後、六郎太夫×梶原平三の
「切り手も切り手」
「剣も剣」
で、観客の心を掴む。

 現白鴎の梶原平三は幸四郎時代に程よく見ていますが、このかたの梶原も形を重点的に考えられて演じておられる。
 関西でもこういった熱のこもったお舞台を拝見したいものだと、染五郎時代に熱を上げ白鴎襲名でファン心を亡くした私は折に願うのでありまする。
 いやいや、今回のお舞台『伊賀越道中双六 沼津』&『梶原平三誉石切』で形を重視されていらっしゃる白鴎も、コロナ騒動が落ち着いたなら、東京でなら、今一度 見てみたいものだと感じた。

 今回も好きな演目のため、色々な役者さんたちを思い浮かべながらんの鑑賞でした。

 好き放題に書いておりますが、コロナの影響で休館となっております役者様がたや松竹株式会社様、および関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。

 『梶原平三誉石切』も期間限定でギリギリ見ることができました。
 4/27AM0時半に確かめて見ると、動画は消されていました。

『黒手組曲輪達引』全三幕  2011 浅草公会堂 河竹黙阿弥

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写真は、京劇 北京にて



 『黒手組曲輪達引』全三幕  2011 浅草公会堂 河竹黙阿弥

 
『仮名手本忠臣蔵 五段目』の定九郎や、助六に継ぐ助六(甥っ子)のパロディの連続で、元芝居と『黒手組曲輪達引』を比較しながら見ると、とても面白かった。
 悪役も髭の意休ならず、黒髪短髪髭なし。亀鶴、あっぱれ。
 助六(亀治郎 現猿之助)のメイク(むきみ)の様子が完全でなかったのは、ご愛嬌^^
 揚巻も
「元の揚巻には足らねども、これからは、私の時代じゃわいなぁ。(要約)」
と、七之助の美しさが、眩い。

 なんでもない白酒屋、揚巻の美しさ、最後の井戸の場が見もの。
 

『黒手組曲輪達引』 ブリタニカ国際大百科事典
歌舞伎狂言。3幕。世話物。安政5 (1858) 年江戸市村座で『江戸桜清水清玄 (えどざくらきよみずせいげん) 』の2番目として初演。歌舞伎十八番の『助六』 (→助六由縁江戸桜〈すけろくゆかりのえどざくら〉) 上演を望む4世市川小団次のために,2世河竹新七 (→河竹黙阿弥 ) が「生世話の助六」として書きおろしたもの。今日では通常,助六と三枚目の権九郎の二役早替りの演出が行われ,序幕に権九郎と新造白玉の道行「忍岡恋曲者 (しのぶがおかこいのくせもの) 」 (初演時は吾妻路浄瑠璃,現行は清元) がある。

『黒手組曲輪達引』 世界大百科事典 第2版
歌舞伎狂言。世話物。4幕。河竹黙阿弥作。通称《黒手組の助六》。1858年(安政5)3月江戸市村座で《江戸桜清水清玄(えどざくらきよみずせいげん)》の二番目狂言として初演。講釈の《花川戸の助六》に材をとり,歌舞伎十八番の《助六》を世話物を本領とした4世市川小団次に当てて書き替えた生世話の助六劇。配役は花川戸の助六を4世市川小団次,三浦屋揚巻のち助六女房お巻を4世尾上菊五郎,紀の国屋文左衛門・牛若伝次を河原崎権十郎(のちの9世市川団十郎),鳥井新左衛門・白酒売り新兵衛を3世関三十郎等。

『黒手組曲輪達引』 日本大百科全書
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。3幕。河竹黙阿弥(もくあみ)作。通称「黒手組助六(すけろく)」。1858年(安政5)3月、江戸・市村座で4世市川小団次の助六、4世尾上(おのえ)菊五郎の揚巻(あげまき)、3世関三十郎の鳥居新左衛門・白酒売新兵衛らにより初演。作者が小団次の注文に応じ、講談をもとに書いたもので、初演のときは『江戸桜清水清玄(えどざくらきよみずせいげん)』の二番目であったが、のち独立して表記の名題(なだい)になった。黒手組の助六は愛人三浦屋揚巻をめぐり鳥居新左衛門と対立、鳥居の門弟の乱暴から白酒売の新兵衛を助けたのが原因で喧嘩(けんか)になるが、紀国屋(きのくにや)文左衛門に短気を戒められ、しんぼうして鳥居の手籠(てご)めにあったあと、父の仇(あだ)を鳥居と知り駒形河岸(こまがたがし)で討ち果たす。歌舞伎十八番の『助六』を世話に直したパロディーで、脚本にも演出にもその洒落(しゃれ)がみられる作品。なお、序幕は清元(きよもと)『忍岡恋曲者(しのぶがおかこいはくせもの)』による三枚目の番頭権九郎と三浦屋白玉の道行で、結局は権九郎が白玉の情夫牛若伝次に金も女も奪われる話。後世、助六役者が権九郎も勤めて愛嬌(あいきょう)を振りまく型が通例になり、さらに伝次と3役替わる型も行われている。[松井俊諭]



第38回俳優祭「月光姫恋暫」(かぐやひめこいのしばらく)五場 歌舞伎座 平成29年3月28日(火)

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 第38回俳優祭「月光姫恋暫」(かぐやひめこいのしばらく)五場
歌舞伎座 平成29年3月28日(火)


 考玉(仁左衛門、玉三郎)から始まる「月光姫恋暫」
 菊五郎あっぱれ!わざとリアルに演じ、真の笑いを誘う。
 シッチャカメッチャカのコミカルな俳優祭「月光姫恋暫」は、初めから最後まで面白おかしく、また、『竹取物語』の範囲を超え、歌舞伎『暫』をつなぎ合わせ、面白さに加えて歌舞伎の醍醐味をも加えた形。
 こういった芝居なら、歌舞伎の良さを残しながらもおかしみ多く、若い方にも取り入れやすいのではないかと感じた。
 たまにはこういったお祭り気分な芝居も良いものだと感じた。
 ところで、七之助、今回も美しく、歌舞伎色豊かで安堵した^^
 また、最後の藤十郎のご挨拶も聞け、喜びはひとしおだった。



 三、『月光姫恋暫』-かぐやひめこいのしばらく-五場
 ここは天界・月宮殿。王と妃は、美貌にもかかわらず生まれつき気性の荒い一人娘・かぐや姫の行く末が心配でならない。
 今日も今日とて、姫に仕える局たちに大けがを負わせる始末。とうとう王と妃は、かぐやを地球へ修行の旅に出すことにし、「汝に欠けたるものを会得するまでは、王女として迎え入れることはできぬ」と厳命する。
さて、何がおこるか、どうぞお楽しみに。


左から月宮殿の王(仁左衛門)と月宮殿の妃(玉三郎)
左から月宮殿の王(仁左衛門)と月宮殿の妃(玉三郎)
左から竹取の媼(海老蔵)と竹取の翁(菊之助)
左から竹取の媼(海老蔵)と竹取の翁(菊之助)
かぐや姫(猿之助)
かぐや姫(猿之助)
左から龍野(七之助)、山男(勘九郎)、大友大掾(彌十郎)
左から龍野(七之助)、山男(勘九郎)、大友大掾(彌十郎)
謎の男(幸四郎)
左から謎の男(昼の部:幸四郎、夜の部:愛之助)
王子 左から中車、市蔵、鴈治郎、左團次
左から王子(中車、市蔵、鴈治郎、左團次)
左から頼国(勘九郎)、松若(染五郎)、かぐや姫(猿之助)
左から頼国(勘九郎)、松若(染五郎)、かぐや姫(猿之助)
左から帝(菊五郎)と陰陽博士(吉右衛門)
左から帝(菊五郎)と陰陽博士(吉右衛門)
左から帝(菊五郎)、右大臣(梅玉)、陰陽博士(吉右衛門)
左から帝(菊五郎)、右大臣(梅玉)、陰陽博士(吉右衛門)
配役
かぐや姫 市川猿之助
竹取の翁 尾上菊之助
竹取の媼 市川海老蔵
山男実は
大友常陸之助頼国 中村勘九郎
藪島入道竹斉実は
吉田宿位之助松若 市川染五郎
大友大掾 坂東彌十郎
大友家侍女龍野 中村七之助
東の国の王子 市川左團次
西の国の王子 中村鴈治郎
南の国の王子 片岡 市蔵
北の国の王子 市川 中車
ピンの局 片岡 亀蔵
ポンの局 市川 猿弥
パンの局 市川弘太郎
狼 がぶ 中村 獅童
山羊 めい 尾上 松也
宮越玄蕃 中村 亀鶴
巻弥藤次 中村吉之丞
群衆侍 市川 新蔵
群衆男一 市川新十郎
群衆男二 市川荒五郎
群衆女一 中村 梅乃
群衆男 中村吉二郎
群衆男 片岡松太朗
群衆男 中村橋三郎
群衆男 中村 梅寿
群衆女 中村仲之助
群衆女 中村 福緒
群衆女 中村 京由
奴 中村蝶八郎
奴 坂東 大和
奴 市川 升一
奴 尾上音之助
奴 市川段一郎
奴 中村 京純
奴 市川右田六
奴 尾上 松悟
衛士 坂東 八大
衛士 坂東 彌風
衛士 尾上音一朗
官女 市川 右若
官女 市川 猿紫
月宮殿の仕丁 中村 橋弥
月宮殿の仕丁 中村福太郎
月宮殿の仕丁 市川右左次
月宮殿の仕丁 中村福太郎
月宮殿の仕丁 市川右左次
月宮殿の仕丁 市川 新次
天女一 中村 魁春
天女二 中村雀右衛門
天女三 片岡孝太郎
天女四 中村 梅枝
帝の随臣 市村橘太郎
右大臣 中村 梅玉
月宮殿の王 片岡仁左衛門
月宮殿の妃 坂東玉三郎
陰陽博士 中村吉右衛門
帝 尾上菊五郎
謎の男(昼の部) 松本幸四郎
謎の男(夜の部) 片岡愛之助
ごあいさつ 坂田藤十郎

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【1】十丁ウ  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【1】十丁ウ  井原西鶴


     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに


こざか(漢字)しき= 小賢しい事
         「こざか(しき)」は漢字で書かれている
かゝりとて= がゝりとて(がかりとて)
「時花」と書いて、「はやり」と読ませている^^




 

 

 

 

『与話情浮名横櫛』 1979年 池袋サンシャイン劇場  尾上菊五郎、坂東玉三郎、三代目 河原崎権十郎

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  『与話情浮名横櫛』 1979年 池袋サンシャイン劇場

尾上菊五郎
坂東玉三郎
三代目 河原崎権十郎



 本日の歌舞伎は『与話情浮名横櫛』
 尾上菊五郎、坂東玉三郎若いなぁ^^
 私も若かったなぁ!!

 三代目 河原崎権十郎、健在。
 蝙蝠安、この方もうまいなぁ!

 尾上菊五郎、坂東玉三郎かぁ^^
 私が十代の頃の南座の顔見世、もう一度見たいなぁ^^




『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【2】十一丁オ  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【2】十一丁オ  井原西鶴


立かさなり、いたくハふらず、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと




於(意味 あゝ)
於戯(あゝ)
ハ曽而(かつて)



     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと



 

 

 

 

『通し狂言 小笠原騒動』 2012年 中村橋之助 中村勘九郎 中村七之助 中村扇雀 中村勘三郎

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   『通し狂言 小笠原騒動』 2012年 中村橋之助 中村勘九郎 中村七之助 中村扇雀 中村勘三郎


 

 この芝居を見るのは3回目と、目新しく楽しむ。
 三時間弱のこの芝居は、通しで見応えがあり、面白く拝見させていただいた。

 中村 勘三郎、懐かしや〜、有難や!!!

 橋之助見得よろしくで、キャーキャーと声が出る。
 子との云々場面では、涙が出そうになる。

 七之助、美しい。
 影の中宙吊りで現れる幽霊の口元は、故芝翫丈を思い浮かべた。

 扇雀、顔所作の美しさに見とれる。
 白狐役は見もの。

 中村 歌女之丞、片岡 亀蔵、坂東 彌十郎、安定のうまさ。

 中村 勘九郎、大詰めになっての見得が良かった。

 
 

序幕 明神ヶ嶽芒原の場より
大詰 小笠原城内奥庭の場まで
岡田良助/林帯刀 中村 橋之助
犬神兵部/飛脚小平次 中村 勘九郎
お大の方/小平次女房お早 中村 七之助
隼人妹小萩 坂東 新 悟
林数馬 中村 国 生
良助母お浦 中村 歌女之丞
米屋市兵衛 笹野 高 史
大石百介 片岡 亀 蔵
小笠原豊前守 坂東 彌十郎
小笠原隼人/奴菊平/良助女房おかの 中村 扇 雀
小笠原遠江守 中村 勘三郎


『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【3】十一丁ウ  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【3】十一丁ウ  井原西鶴



申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の





     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の




 

 

 

 

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【4】十二丁オ  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 四 袖の時雨ハ懸るがさいはい 【4】十二丁オ  井原西鶴


しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日



屢 しばし
  正しくは、しばしば 


     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日




 

 

 

 

歌舞伎名作選 雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら) 毛抜(けぬき) 鳴神(なるかみ)

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 歌舞伎名作選  雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら) 毛抜(けぬき) 鳴神(なるかみ)


『毛抜』と『鳴神』をみる。

『毛抜』は、12台目團十郎の言い回しがなるかしい^^
 流石の『毛抜』、面白おかしく楽しんだ。


『鳴神』もただただ面白く、若い頃から好きな演目。
 関西では、私の場合、なま舞台では、中村獅童の鳴神上人が最後だったかも^^

 白雲黒雲二人の某様の仏教用語や 鳴神上人の現在の言葉
「乳ぃ〜、乳の下ぁ〜」などの言葉などのようにわかりやすく変えられている。
 又、鳴神上人の部屋で二人入り、障子を閉めるといった場面も、1956年では見られなかった。
 加えて幕が開いてすぐに出演の坊主(黒雲と白雲)も二人で、現在のように数人ではなく、狂言の形式を借りている。
 酒(ささ)と肴(さかな、蛸)をもちいるところは抜かりなし。
 今は多数の坊主たちを出して賑わせているが、二人掛け合う狂言風の滑稽も良いものだと感じた。

 今回見た鳴神は、私が生まれる前の作品。
 此時代も面白かったのだと感じた。


 ただ、この両作品は字幕だけではなく、解説付き。
 名場面に株dせての解説ほど、無粋なものはないとほくそ笑む。




歌舞伎名作選 歌詞・セリフ字幕付き 雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら) 毛抜(けぬき) 鳴神(なるかみ)

歌舞伎の魅力を凝縮し、厳選された演目の数々とそれを演じる名優たちの優雅にして華麗な名舞台。歌舞伎400年の歴史が今、ここ再現されました。
副音声による日本語、英語解説も歌舞伎名作撰ならではのもの。これで、歌舞伎観劇の楽しさが倍増。
歌舞伎の醍醐味と面白さが詰まった映像をあなたの目に焼き付けて下さい。
松竹とNHKエンタープライズの共同制作による、本格的な舞台映像の第二弾。

●雷神不動北山桜 毛抜(なるかみふどうきたやまざくら けぬき)

出演:市川團十郎 中村時蔵ほか

収録:平成17年4月 歌舞伎座

●雷神不動北山桜 鳴神(なるかみふどうきたやまざくら なるかみ)

出演:九世市川海老蔵 七世尾上梅幸ほか

収録:昭和31年7月 明治座

※毛抜…16:9LB・ステレオ・カラー
※鳴神…4:3・モノラル・モノクロ

※本編157分/日本語・英語副音声付/字幕:日本語(歌詞・台詞)

『新編金瓶梅』合本 文政十四年辛卯春正月吉日新鐫 曲亭馬琴 歌川国安 歌川国貞

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 『新編金瓶梅』  文政十四年辛卯春正月吉日新鐫 曲亭馬琴

 「新鐫」の「鐫」は、「セン」1)ほる、える、うがつ、
           2)教える、戒める、さとす
           3)退ける、引き下げる、
 「新鐫」は、上の意味と「新編金瓶梅」を受けて「新編」か。

 新編金瓶梅. 第一巻〜第十巻
 曲亭馬琴 著 ; 歌川国安 画
 曲亭 馬琴, 1767-1848
 歌川 国安, 1794-1832
 歌川 国貞, 1786-1864
 合本
 10冊(合38冊) ; 18cm


 以下は、Wikipedia引用
     ▼
 歌川国安
 歌川 国安(うたがわ くにやす、寛政6年〈1794年〉 - 天保3年7月6日〈1832年8月1日〉)とは、江戸時代後期の浮世絵師。

 初代歌川豊国の門人。俗称は安治郎(一説に安五郎)、一鳳斎と号す。
 本所相生町、のちに深川扇橋に住む。作画期は文化から没年にかけてで、文化5年(1808年)の役者絵に「豊国門人安画」と落款していることから、このころ豊国に入門したといわれており、また当初は豊国と同居していたという。
 役者絵のほか美人画や浮絵、合巻の挿絵、団扇絵、肉筆画を描く。
 一時、画名を西川安信と称したが後に旧名の国安に戻った。
 享年39。
 文政11年(1828年)建立の豊国先生瘞筆之碑によれば、門人に歌川安信、歌川安峰、歌川安清、歌川安重、歌川安常、歌川安春、歌川安秀がいる。
 国安、歌川国丸、歌川国直の3人は豊国門下の三羽烏といわれており、中でも国安がその第一人者であった。

版本挿絵[編集]
『五人揃紋日大寄』 合巻 ※益亭三友作、文化8年(1811年)
『小柳縞阿娜帯止』 合巻 ※喜多川雪麿作、文政5年
『躾方浮世諺』 合巻 ※薫作、文政7年
『傾城水滸伝』 合巻 ※曲亭馬琴作、文政8年(1825年) - 天保4年(1833年)。第二編から第十二編まで国安が挿絵を担当
『春小袖門松模様』 合巻 ※山東京山作、文政8年刊行
『会席料理世界も吉原』 合巻 ※三舛(七代目市川團十郎)作(五柳亭徳升代作)、文政8年
『絵本魁草紙』 読本 ※洒落斎三馬作、文政8年
『浜真砂築地白浪』 合巻 ※三舛作、 文政9年
『面白妙須磨雪平』 合巻 ※東里山人作、文政10年
『四十八手最手鑑』 相撲本 ※烏亭作、文政11年
『喜怒哀楽堪忍袋』 合巻 ※小三馬作、文政12年
『三国妖狐殺生石』 合巻 ※五柳亭徳升作、文政13年(1830年)刊行
『漢楚賽擬選軍談』 合巻 ※曲亭馬琴作、文政14年刊行
『新編金瓶梅』 合巻 ※曲亭馬琴作、文政14年 - 弘化4年(1847年)刊行
『風俗金魚伝』 合巻 ※馬琴作、文政12年 - 天保3年


 歌川 国貞(うたがわ くにさだ、天明6年5月19日[1]〈1786年6月15日〉 - 元治元年12月15日〈1865年1月12日〉)は、江戸時代の浮世絵師。のちの三代目歌川豊国。
 初代歌川豊国の門人。
 本名は角田 庄五郎(すみた しょうごろう)。後に庄蔵、肖造と改める。
 画姓として歌を称す。号は、五渡亭(文化8年から天保末)、香蝶楼(文政10年から嘉永初)、一雄斎(文化9年から)、琴雷舎(文化10年)、北梅戸、富望山人、富望庵、桃樹園、応好、月波楼(文化8年)、喜翁(文久2年)、国貞舎豊国、雛獅豊国、浮世又平、不器用又平などがある。
 面長猪首型の美人画が特徴。存命中と没後で評価が分かれる。
 弘化元年(1844年)の一陽斎豊国襲名後は工房を安定させ大量の作品を出版、作品の数は浮世絵師の中で最も多い。
 その作品数は1万点以上に及ぶと言われる。嘉永6年(1853年)の『江戸寿那古細撰記』には「豊国にかほ(似顔)、国芳むしや(武者)、広重めいしよ(名所)」とある。 云々

『江戸名所百人美女(えどめいしょひゃくにんびじょ)』、大判 100枚揃物
『東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)』、竪中判 56枚揃物
『雙筆五十三次(そうひつごじゅうさんつぎ)』、竪大判 55枚揃物 国貞が人物を、広重が風景を描いた合作
『三代目坂東三津五郎死絵(さんだいめばんどうみつごろうしにえ)』、竪大判 錦絵 国立歴史民俗博物館所蔵
『大当狂言ノ内 梶原源太』大判7枚揃の内 文化11年から文化12年頃
『大当狂言ノ内 八百屋お七』大判7枚揃の内 文化11年から文化12年頃 神奈川県立歴史博物館所蔵
『大当狂言ノ内 菅丞相』大判7枚揃の内 文化11年から文化12年頃 日本浮世絵博物館所蔵
『木下東吉 三代目中村歌右衛門』 文化12年 『祇園祭礼信仰記』より 立命館大学所蔵
『星の霜当世風俗 行灯』 大判10枚揃の内 文政元年‐文政2年頃 静嘉堂文庫所蔵
『星の霜当世風俗 蚊帳』 大判10枚揃の内 文政元年‐文政2年頃 静嘉堂文庫、日本浮世絵博物館所蔵所蔵
『今風化粧鏡 楊枝』 大判10枚揃の内 文政6年頃 静嘉堂文庫所蔵
『揚巻の助六 八代目市川団十郎』大判 文久3年 日本浮世絵博物館所蔵 豊国の落款
『集女八景』大判8枚揃 文政
『当世美人合』 大判 揃物 文政後期から天保前期
『当世美人合 江戸芸者』 大判 日本浮世絵博物館所蔵
『滝夜叉姫 尾上菊次郎 梅花』 大判 文久2年 慶応義塾所蔵 豊国の落款
春画
『春情肉ぶすま(しゅんじょうにくぶすま)』
版本[編集]
『大津土産吃又平名画助刃(おおつみやげどものまたへいめいがのすけだち』、合巻
『新編金瓶梅』 合巻 ※曲亭馬琴作、文政14年 - 弘化4年(1847年)刊行
『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』、合巻 柳亭種彦作 文政12年‐天保13年
『正本製(しょうほんじたて)』、合巻 柳亭種彦作 文政12年‐天保2年



 文政 =日本の元号の一つ。
     文化の後、天保の前。
     1818年から1831年までの期間を指す。
     この時代の天皇は仁孝天皇。
 文政
●1803年 (享和3年) ■江戸開府
●1806年 (文化3年) ■芝の大火
●1808年 (文化5年) ■フェートン号事件
文政4年
●1825年 (文政8年) ■異国船打払令
●1828年 (文政11年) ■シーボルト事件
●1829年 (文政12年) ■江戸大火
●1830年 (天保元年) ■伊勢御蔭参り大流行
●1837年 (天保8年) ■大塩平八郎の乱
●1839年 (天保10年) ■蛮社の獄



 

 

 

 

 

 

 

 
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