富田高至 編者
和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年
下 81 三十五丁表 三十五丁裏
三十五丁表
◯をかし、左の聞たる摺切武士居られり、鴨河の
ほとりに、六條わたりに、家をいと侘て作りて、住けり、
水無月の晦日かた、菊皿のうつくしさに桜菜膾(モミナナマス)残
もりて、殿達よひて、一日酒のみし、あそひて、樽も
あけもて行ほとに、此殿達、おかしき歌よむ、そこに
有ける、かたき翁、板打敷のハたにはひきて、人に
みなよ申せて、よめる、
しほものを いつかくひけん朝倉に
つきぬるよゐに もみもあらなん
三十五丁裏
となん、よみけるハ、臼杵にてつきたりけれハ、あらなく
白き米に籾、おほかりけり、わか主殿、六十五石とり
給へは、しほ物より外に肴なかりけり、されハなん、かの
翁さらに、是をめいわくして、しほ物はいつかくひ
けんと、よめりける、
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
しほものを いつかくひけん朝倉に
つきぬるよゐに もみもあらなん
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
鹽竈(しほがま)に いつか来にけむ朝なぎに
釣りする舟は こゝに寄なん
摺切武士 (すりきりぶし)
擦切〘名〙
① 物と物とを摩擦して切ること。
また、そのような状態になったもの。
※俳諧・玉海集(1656)付句「すりきりとなるまでもてる馬の鞭 大事のあらばかけんかまくら〈貞徳〉」
② 金・財産などをすっかり使い果たして無一物になること。
また、そのような人。
一文なし。
無一文。
素寒貧(すかんぴん)。
※人鏡論(1487)「彼近江守は分限より軍士あまたふちして、勝手大きにすりきりにて候が」
※仮名草子・犬枕(1606頃)「見苦しき物〈略〉すりきりのかりぎ」
③ 粉や粒状のものを、枡(ます)、茶わんなどの入れ物のふちと同じ高さにならして盛ること。
「すりきり一杯」 ※北野社家日記‐文祿三年(1594)正月七日「御前へ之御供杉もり四せん・すりきり四せん也」
擦切〘他ラ五(四)〙
① 物と物とを摩擦して切る。
こすって切る。
〔日葡辞書(1603‐04)〕
② 金銭・財産などをすっかり使い果たす。
一文なしになる。 ※古文真宝笑雲抄(1525)四「困阨とはすりきりはてて埜処に居を云」
擦切〘自ラ下二〙
⇒すりきれる(摩切)
擦切〘自ラ下一〙
すりき・る
擦切〘自ラ下二〙
物と物とが摩擦して切れる。
こすれて切れる。または、減る。
※魔風恋風(1903)〈小杉天外〉後「毛の摩切れた白毛布、それに洋傘まで添へて」
摩切・擦切・摺切
ここでは
名詞② 金・財産などをすっかり使い果たして無一物になること。
また、そのような人。
一文なし。
無一文。
素寒貧(すかんぴん)。
摺切武士 (すりきりぶし)
すっかんぴん(一文無し)の武士
桜菜(モミナ) 当て字か?
膾
古くは、魚・貝・獣などの生肉を細かく刻んだもの。
のちに、魚・貝や野菜などを刻んで生のまま調味酢であえた料理をさす。
殿達よひて
殿達呼びて
殿達よひて(掛詞)
呼びて
酔いて
あそひて、
遊びて
かたき翁、
頚部が極端に傾斜して居る翁
頚 (のど、けい)
首、のどくび、首の前の部分。
つきぬるよゐに もみもあらなん
搗きぬる夜に 籾もあらなん
搗く、つく(掛詞)
籾 、揉み(掛詞)
面白すぎでしょう。わっはっは、わいのわいの。ははは、ははは。
しほものを いつかくひけん朝倉に
つきぬるよゐに もみもあらなん
となん、よみけるハ、臼杵にてつきたりけれハ、
と、きますか^^
臼杵にてつきたりけれハ
臼杵にて搗きたりければ
臼杵といえば、歌舞伎では『団子売』と云う小半時間の短い演目がある。
夫婦で、臼と杵に見立てて、餅をつき、その仕草の長唄で
「臼と杵との騙し合い〜〜♪」
と云うこと詞が耳に残って居る。
夫婦の餅つきはまさしくウヒャヒャ^^なのである。
歌舞伎では、営み(?^^?)を露骨に表現せずに、髪を溶かしたり、襖を締めて裾を引っ張る等してで、それ(?^^?)を匂わせる演目が多くある。
附
もちろん、『仁勢物語』81では餅をつくのではなく、籾をついて米にすることも、付け加えておきたい。
しほ物
鹽物