『古今集遠鏡 巻一』18 はしがき 八丁裏 本居宣長
6冊。寛政5年(1793)頃成立。同9年刊行。
右 八丁裏
はしがき 八丁裏
◯「かな」ハ、さとびごとにも「カナ」といへど。語のつゞきざまは。雅言のまゝにては。う
ときが多ければ。続ける詞をば。下上に置き換えとし。あるは言を加えなども
して。訳すべし。全て 此 辞(言葉)は。嘆息(ナゲキ)の詞まで。心を含めたる事多
ければ。訳(ウツシ)には。その含めたる事の詞をも。加わうべき技なり。
はしがき 八丁裏
◯「哉」は、さとびごと にも「哉」と言えど。語の続きざまは。雅言のままにては。う
とき が多けれバ。つゞける詞をバ。下上におきかへとし。あるハ言をくはへなども
して。訳すべし。すべて此辞ハ。嘆息(ナゲキ)の詞まて。心をふくめたることおほ
けれバ。訳(ウツシ)にハ。そのふくめたることの詞をも。くはふべきわざなり。
「かな」ハ、さとびごとにも「カナ」と訳す
「哉」ハ、さとびごとにも「哉」と訳す
さとびごと
① いなか言葉。方言。
② 日常話している言葉。世俗の言葉。
うとき (疎し)
活用{(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ}
①疎遠だ。親しくない。関係がうすい。
出典伊勢物語 四四
「うとき人にしあらざりければ、家刀自(いへとうじ)さかづきささせて」
[訳] 疎遠な人でもなかったので、(その家の)主婦が杯をすすめさせて。
②よそよそしい。わずらわしい。うとましい。
出典古今集 雑上
「かつ見れどうとくもあるかな月影のいたらぬ里もあらじと思へば」
[訳] 月を美しいと思いながらも一方では、どこかよそよそしく感じられるよ。月が照らしていないところなどないと思うと。
③よく知らない。不案内だ。
出典徒然草 八〇
「人ごとに、わが身にうときことをのみぞ好める」
[訳] だれでも、自分がよく知らないことばかり好んでいる。
④無関心だ。
出典徒然草 四
「後の世の事、心に忘れず、仏の道うとからぬ、心にくし」
[訳] 来世のことをいつも心に忘れず、仏の教えに無関心でないのが、奥ゆかしい。
⑤よくきかない。鈍い。
出典落窪物語 二
「大臣(おとど)おし放ち引き寄せて見給(たま)へど、え目うとくて見給はで」
[訳] 大臣は(手紙を)離したり、近づけたりして見ていらっしゃるが、目がよくきかないのでご覧になることができなくて。