富田高至 編者
恩頼堂文
庫旧蔵本 『仁勢物語』 4 二丁裏 三丁表
和泉書院影印業刊 65(第四期)
1998年 初版
1997年 第三版
左右
4 二丁裏 三丁表
◯をかし東の五條に扇子屋のかゝわつらふなりけり、西
の洞院にくすし有けり、それハ本堂にはあらて
針に心ふかゝりけるゆへ、行とふらひけるを、む月
の十日ハかりの程に、ほかと腫にけり、腫所ハ聞けと
人の見るへき所にもあらさりけれハ猶うしと
おもひつるなん有ける、又の年の む月にハ目と鼻と
の間に出て腫て立てみゐてみゝれど、去年に
にるへくもあらす、打笑て肋(あハら)骨もいたきに、つらのゆ
かむまて笑て去年を思出てよめる
つらやあらぬ 鼻やむかしの鼻ならぬ
吾身ひとつハもとの身にして
とよみて、夜のほの/″\と明るに、なく/\おきにけり
4 二丁裏 三丁表
◯おかし 東の五條に扇子屋のかか 患うなりけり、西
洞院(にしのとういん)に医師(くすし)有けり、それは本堂には有りて(あらて)
針に心深かりける故(ゆえ)、行き弔いけるを、睦月
の十日ばかりの程に、他と腫れにけり、腫れ所は聞けと
人の見るべき所にも有らざりければ猶(なお)憂しと
思いつるなん有ける、又の年の 睦月には、目と鼻と
の間に出て腫れて、立てみ居てみ、見れど、去年(こぞ)に
似るべくも有らず、打ち笑いて肋(あばら)骨も痛きに、面(つら)のゆ
かんまで笑いて、去年(こぞ)を思い出して詠める
面(つら)やあらぬ 鼻や昔の鼻ならぬ
吾身(わがみ)ひとつはもとの身にして
と詠みて、夜のほのぼのと明(あく)るに、泣く泣く起きにけり
あらて
有りて
む月 岩波古典文学大系
睦月(陰暦正月。)
うし
憂し
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
つらやあらぬ 鼻やむかしの鼻ならぬ
吾身ひとつハもとの身にして
とよみて、夜のほの/″\と明るに、なく/\おきにけり
『伊勢物語』岩波古典文学大系9 「竹取物語 伊勢物語 大和物語」より写す
月やあらぬ 春や昔の春ならぬ
わが身ひとつはもとの身にして
とよみて、夜のほの/″\と明(あく)るに、泣く/\帰りけり