50: 『中村勘三郎 最期の131日―哲明さんと生きて』
『中村勘三郎 最期の131日―哲明さんと生きて』を読む。
波野好江さんの愛情深い行動や思いの一つ一つに納得する。
読み終わる頃には、涙がにじんでいた。
中村芝翫さんが亡くなられ、間もなくして、勘三郎さんも亡くなられた。
中村芝翫さんについでの勘三郎さんの死に、私は動揺した。
普段、別世界と考えていた有名人の私生活。
だが、お二人の死は深意悲しみを覚えた。
お二人が私の中でこんなに大きなにも大きな存在であるとは思いもよらなかった。
だが、その悲しみは随分続いている。
今も好きな歌舞伎役者さんが多くいらっしゃる。
その方々がいつもでもお元気で演じて頂きたいと願うばかりだ。
それにしても、勘三郎さん親子はインパクトの強い役者さんだった。
そして、勘太郎さんと七之助さんという歌舞伎役者らしいご子息を育て上げられた。
二人の存在は大きい。この二人の父と母、勘三郎さんと波野好江さんにただただ感謝するばかりだ。
あまりにも早い死を迎えられた勘三郎さん
基本を踏まえられた上で、観客に喜びを与えられた勘三郎さん
勘三郎さんの立たれる舞台は、一緒に出ておられる役者さんたちも笑顔がほころんでいるように感じられた。
梨園の妻として、一人の妻として勘三郎さんを支え愛された波野好江さん
波野好江さんという女性に魅力を感じ、勘三郎さんの名調子に思いを馳せながら、本を閉じた。
データーベースより ▼
波野好江 著
2014年01月12日
集英社
¥ 1,512
歌舞伎役者としてはまさにこれから、という57歳で十八世勘三郎が亡くなったのは一昨年の暮れ近く。なぜ、急に、と誰もが驚いた。最期をみとった妻が、夫の闘病の日々を細部まで、思いを込めて描き出す。
その2年前から、「うつ病」と診断されたり、激しい耳鳴りに悩まされたり。それを乗り越えた後に「食道がん」の診断。手術後、肺に致命的な症状が起き、転院また転院。苦しい中で芝居のせりふや踊りのしぐさを見せ、医師も驚く生命力で最後まで生きる望みを失わなかった。夫が患者であってもサービス精神を忘れないプロの役者なら、妻も「職業は十八代目中村勘三郎の妻」。プロとプロが手を携えて病魔と闘った記録である。