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映画『Che?  ポランスキーの 欲望の館』 1972 イタリア/フランス/西ドイツ

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東京国立博物館所蔵

 

 映画『Che?  ポランスキーの 欲望の館』 1972 イタリア/フランス/西ドイツ

 

 

 前回のイタリア映画『Mio Dio, come sono caduta in basso! ラウラ・アントネッリの青い欲望』に続けて、映画『Che?  ポランスキーの 欲望の館』を見て、大いに笑わせていただきました。

 最後の台詞、

「ダメよ。だってこの映画はまだまだ続くのですもの。この映画のタイトルは、【Che?】よ。」

 

 洒落ているなと、感じた。

 大笑いさせていただけるこの映画は、楽しい時間を過ごすことができる、一作品だと感じる。

 

 今回もあえてネタバレなしの記録のみにて、失礼いたします。

 

原題/Che? 制作年/1972 制作国/イタリア/フランス/西ドイツ 内容時間(字幕版)/114分

 

ポランスキーの映画一覧  (ウィキペディア)

タンスと二人の男 DWAJ LUDZIE Z SZAFA / TWO MEN AND A WARDROBE(1958年)…短編(18') 水の中のナイフ Nóż w wodzie (1962年) 世界詐欺物語 Le plus belles escroqueries du monde (1964年) 反撥 Repulsion (1965年) 袋小路 Cul-de-sac (1966年) 吸血鬼 The Fearless Vampire Killers (1967年) ローズマリーの赤ちゃん Rosemary's Baby (1968年) マクベス Macbeth (1971年) ポランスキーの 欲望の館 What? (1972年) チャイナタウン Chinatown (1974年) テナント/恐怖を借りた男 The Tenant / Le Locataire (1976年) テス Tess (1979年) ポランスキーの パイレーツ Pirates (1986年) フランティック Frantic (1988年) 赤い航路 Bitter Moon (1992年) 死と処女 Death and the Maiden (1994年) ナインスゲート The Ninth Gate (1999年) 戦場のピアニスト The Pianist (2002年) オリバー・ツイスト Oliver Twist (2005年) それぞれのシネマ To Each His Own Cinema (2007年) ゴーストライター The Ghost Writer (2010年) おとなのけんか Carnage (2011年) 毛皮のヴィーナス La Vénus à la fourrure (2013年) 告白小説、その結末 D'après une histoire vraie (2017年) J'accuse (2019年)

 

Che?

 what?

Che(スペイン語)

 [名]チェ:Ernesto Guevaraの通称. ▼スペイン語で「ねえ, おい」の意

Che(英語)

 それ

Che(英語)

 チェッ、ちぇ、ちっ、チッ、ちぇっ

ここでは、

 Che? = what?

 

 


恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 71 三十一丁裏 三十二丁表と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 71 三十一丁裏 三十二丁表と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

下 71 三十一丁裏 三十二丁表

 

三十一丁裏

◯をかし、男、伊勢の斎宮に、みやつかへしけり、かの宮

の杉といひける女と、わたくし妻夫にて、紙子ぬ

ハせて、よめる、

   縫やふる 紙子ハせハくなりぬへし

   大宮絹の うらのひろさに

   こハくとも きてもみよかし紙子をハ

   風のみをせる 物ならなくに

   

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   縫やふる 紙子ハせハくなりぬへし

   大宮絹の うらのひろさに

   こハくとも きてもみよかし紙子をハ

   風のみをせる 物ならなくに

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   ちはやぶる 神の斎垣(いがき)も超えぬべし

   大宮人の 見まくほしさに

おとこ、

   恋しくは 来ても見よかしちはやぶる

   神のいさむる 道ならなくに

 

      

 

紙子(かみご)

 歌舞伎『川床』と『助六由縁江戸桜』を思い浮かべる^^

 

こハくとも

 強くとも

 ごわごわしていても

 

斎垣(いがき)

《「いかき」とも》神社など、神聖な場所に巡らした垣。

 瑞垣 (みずがき) 。玉垣 (たまがき) 。  

「ちはやぶる神の―も越えぬべし今は我が名の惜しけくもなし」〈万・二六六三〉

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 72 三十二丁表と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者 和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 72 三十二丁表と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

下 72 三十二丁表

 

三十二丁表

◯をかし、男、伊勢の國にて隣へ酢をもらひにいき

けれハ、女いみしうしかりけり、さて、男、

   女子ハ いつ学向(ママ)もあたなるに 

   論語よますの 論語よみかな  

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   女子ハ いつ学向(ママ)もあたなるに 

   論語よますの 論語よみかな  

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   大淀の 松はつらくもあらなくに

   うらみてのみも かなへるなみ哉

 

      

 

学向(ママ)

 学問

向学の場合は

「向学」は、学問に励もうと思うことを意味します。

 類義語に「好学」(学問を好むこと)。

「後学」は、将来になんらかの役に立つような知識・経験を意味します。

 後進の学者という意味もあります(対義語は「先学」)

ここでは、

 学向(ママ)= 学問

 

論語よますの 論語よみかな

(元)論語読みの論語知らず(ろんごよみのろんごしらず)

 論語読みの論語知らず(ろんごよみのろんごしらず)は、書物に書いてあることを知識として理解するだけで、それを生かして実行できない人をあざけっていう。

 

論語よますの 論語よみかな

 論語よますの 論語よみかなは、論語読みの論語知らず(ろんごよみのろんごしらず)の逆。

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 73 三十二丁表と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者 和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 73 三十二丁表と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

下 73 三十二丁表

 

三十二丁表

◯をかし、男、う絵に在けるとき、もらハれもせさる

御納屋の金にも思ひける、

   目にはみて 手にはとられぬ月の中の

   桂のことき 金のぞありける 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   目にはみて 手にはとられぬ月の中の

   桂のことき 金のぞありける 

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   目にはみて 手に取られぬ月のうちの

   桂のごとき 君にぞありける

 

      

 

隣の國 

 某所、

 或るところ

 

 

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 74 三十二丁表 三十二丁裏 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 74 三十二丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 74 三十二丁表 

 

三十二丁表

◯をかし、男、女をいとう恨て、

   よこねふみ 唐瘡やみもあらねとも

   あハぬハおほく こよひわたるかな

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   よこねふみ 唐瘡やみもあらねとも

   あハぬハおほく こよひわたるかな

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   岩ねふみ 重なる山にあらねども

   逢はぬ日おほく 恋わたる哉

 

    

唐瘡やみ

 唐瘡病み(とうがさやみ)

《唐人が伝えた病気の意》

 梅毒(ばいどく)。〈日葡〉

 

岩ねふみ

   岩ねふみ 重なる山にあらねども

   逢はぬ日おほく 恋わたる哉

 大きな岩を踏んで上る重なり続いた険しく深い山ではなく、逢いに行くのは簡単なはずなのに、逢わない日が多く、恋焦がれている。

 

 

 

 

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 75 三十二丁裏 三十三丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 75 三十二丁裏 三十三丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 75 三十二丁裏 三十三丁表 

 

三十二丁裏

◯をかし、男、伊勢の國にて、世帯してならんと

いひけれは、女、

   大淀の 濱に生てふ海松なりと

   心のまゝに くひてあれかし

といひて、まして酒もなかりけれハ、男、

   袖ぬれて 海人のかりほす青苔や

   見るをさいにて やまんとやする

   五月より てくる麦食あらなくハ

   しほにつけたる 貝もあらなん

又、男、

   なみたにそ ぬれつゝしほる濁り酒

   

三十三丁表

   からきこゝろハ 鼻をはつくか

よに落ちふれ出たる 女になん

 

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   大淀の 濱に生てふ海松なりと

   心のまゝに くひてあれかし

といひて、まして酒もなかりけれハ、男、

   袖ぬれて 海人のかりほす青苔や

   見るをさいにて やまんとやする

   五月より てくる麦食あらなくハ

   しほにつけたる 貝もあらなん

又、男、

   なみたにそ ぬれつゝしほる濁り酒

   からきこゝろハ 鼻をはつくか

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   大淀の 濱におもふてみるからに

   心はなぎぬ 語ら破ねども

 

   袖ぬれて 海人のかりほすわたつみの

   みるをあふてに やまむとやする

 

   岩間より 生ふるみるめつれなくは

   潮干潮満ち かひもありなん

 

   涙にぞ ぬれつゝしぼる世の人の

   つらき心は 袖のしづくか

 

海松 (みる)

 松は異体字

 木冠に公 →松

 古文書などで度々使われる。

海松 (みる)

 1 海岸に生えている松。

 2 ウミカラマツの別名。

 3 海藻「みる」にあてた「海松」の訓読み。

 「おぼつかな今日は子(ね)の日か海人(あま)ならば―をだに引かましものを」〈土佐〉

 

てくる麦食

 出くる麦飯

 

 

 

 

 

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 76 三十三丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者 和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 76 三十三丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 76 三十三丁表 

 

三十三丁表

◯をかし、男、二條通りより、御霊の氏神の祭見に

いきける、近衛の町にておほきな人、この酒まいり給ふ

つい手に、御桟敷より給てのみ、奉ける

   大原や おつけの椀にけふよりハ

   ならもろはくを おもふまゝのむ

とて、心にもうれしとや思けん、いかに思けん、しらすかし

 

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   大原や おつけの椀にけふよりハ

   ならもろはくを おもふまゝのむ

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   大原や 小鹽の山もけふこそは

   神世のことも 思(ひ)出(い)づら目

 

   

二條通り

 京都

 

御霊の氏神の祭

 京都

 上京区上御霊堅町東側

 

近衛の町にて

 地名、近衛が住んでいたところ、 

近衛

 近衛兵 - 君主を警衛する君主直属の軍人。

 近衛府 - 令外官の一つ。

 近衛師団 - 御親兵を起源とする日本陸軍に置かれた師団の1つ。

 近衛家 - 公家、五摂家の一つ。

 

おつけ

 女性語

 汁

 

奈良諸白(ならもろはく)

 奈良酒のこと。

 

南都諸白(なんともろはく)

 平安時代中期から室町時代末期にかけて、もっとも上質で高級な日本酒として名声を揺るぎなく保った、奈良(南都)の寺院で諸白でつくられた僧坊酒の総称。

 具体的には菩提山正暦寺が産した「菩提泉(ぼだいせん)」を筆頭として、「山樽(やまだる)」「大和多武峯酒(やまとたふのみねざけ)」などが有名である。

 まだ大規模な酒造器具も開発されておらず、台所用品に毛の生えた程度の器具しかなかったと思われるこの時代に、菩提酛、煮酛など高度な知識の集積にもとづいて、かなりの手間を掛け、精緻に洗練された技術で製造していたと思われる。

 僧坊酒全盛の時代が終わってからも、奈良流の造り酒屋がその製法を引き継ぎ、江戸時代に入ってからもこのブランドで下り酒などの販路に乗せていた。

 

 

映画『Chang-gwol (Rampant) 王宮の夜鬼』 2018 韓国 キム・ソンフン監督 チャン・ドンゴン ヒョンビン

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  映画『Chang-gwol (Rampant) 王宮の夜鬼』 2018 韓国 キム・ソンフン監督 チャン・ドンゴン ヒョンビン

 

原題/Chang-gwol (Rampant) 制作年/2018 制作国/韓国 内容時間(字幕版)/122分 内容時間(吹替版)/122分

 

 ゾンビになったチャン・ドンゴンと、王子役のヒョンビンとの戦いの場面は見事。

 チャン・ドンゴンが、太る前の山田孝之に見えてしまった。大変迫力があり、かっこよかった^^

 ヒョンビンの決め台詞、

「王のために、民がいる。いや!違う。民のために、王が居るのだ(要約)」

は、心に響いた。

 

 それにしても、おびただしいゾンビ化した夜鬼たちを、次々と斬り、撃ち殺したものだ。

 ゾンビ化した夜鬼の個々が顔も体も表情をつけ表現していたものだから、見事すぎて口を開けて見てしまいそうになった。

 韓国の映画も、すごいわ^^

 

 そんなこんなで、今回もネタバレなしの簡単な記録のみにて失礼いたします。

 

 

監督 キム・ソンフン 製作総指揮 キム・ウテク 製作 イ・ハンスン 脚本 ファン・ジョユン 撮影 イ・ソンジェ 音楽 パク・イニョン 役名 役者名 イ・チョン王子 ヒョンビン キム・ジャジュン チャン・ドンゴン パク従事官 チョ・ウジン ハクス チョン・マンシク トッキ イ・ソンビン イ・ジョ キム・ウィソン

 

 

 

Chang-gwol (Rampant) 

 中国中部の都市 (横行)


恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 77 三十三丁表 三十三丁裏 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 77 三十三丁表 三十三丁裏 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 77 三十三丁表 三十三丁裏

 

三十三丁表

◯をかし、田村と云 能ありけり、その時の大夫、高安と

いふ、今もありけり、それを呼て、天王寺にて、三日しける、

人/″\、提(サケ)食籠もてきたる、もてきあつめたる、くひ

物、千ゝハかりあり、そこばくの提重箱を木の枝に付て

 

三十三丁裏

堂のまへに立てたれハ、山もさくらに堂の前にひかり出たる

やうになむ、みへける、それを「謡衆にありける藤市の

何ゆきか」とか申すゐたり、祝言のをハる程に、歌読む人

/″\を招き集て、「けふの御能を題二てあ云(ママ 春)の心

ハヘある歌たてまつらし給へ、」と云、右の馬の大夫

なりける翁、目ハたかりながら、よみける、

   山婆の をハりて後の狂言ハ

   腹しつきれて わらふなるへし

とよみけるを、今見れハ、よるもあらさりける、その

かみとこれやまさりけん、をかしかりける、

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   山婆の をハりて後の狂言ハ

   腹しつきれて わらふなるへし

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   山のみな うつりてけふにあふ事は

   春の別れを 塗布となるべし

 

提(サケ)食籠  (さげじきろう)

 提げることができる食籠

 

食籠(じきろう)

 〘名〙 食物を入れる漆器で、手に提げて持って行くようにしたもの。多く、丸形。

 ※言経卿記‐慶長三年(1598)九月二七日「常楽寺女中よりさけ食籠送給了」   食籠(じきろう)    1 食物を盛る器。ふたがつき、円形または角形。重ね式のものもある。    2 茶の湯で、菓子器などに使用されるふたのある器。     千ゝ (千    たくさん、くらいの意味だろう。     そこばく  【若干・許多】 副詞  (「そくばく」とも。)     ①たくさん。   数量の多いさま。   出典伊勢物語 七七 「そこばくの捧(ささ)げ物を木の枝につけて」   [訳] たくさんの贈り物を木の枝につけて。     ②たいそう。ひどく。▽程度のはなはだしいさま。    出典狭衣物語 三   「そこばく広き大路、ゆすり満ちて」   [訳] たいそう広い大通りに(見物人たちが)ざわめいて。     ③若干。いくらか。    出典宇津保物語 吹上下   「そこばく選ばれたる人々に劣らず、ご覧ぜらる」   [訳] (涼(すずし)は)何人か選ばれた人々にも劣らないと、(院は)ご覧になる。    ここでは、 ①たくさん。数量の多いさま。     謡衆    地謡衆の意味か。   あ云(ママ)    はる(春)     馬の大夫    右の馬の大夫という意味    右馬寮(うめりょう/うまりょう)  ←→ 左馬寮(さめりょう/さまりょう)    馬寮 (めりょう) の允 (じょう) で五位に叙せられた者。     馬寮 (めりょう) の允    馬寮(めりょう/うまのつかさ)は、律令制における官司の一つ。    唐名では典厩(てんきゅう)。     目ハたかりながら、よみける、    (人)目をはばかりながら、詠みける。    

そのかみ

 その当時

 

『仁勢物語』における、能楽『田村』を演じられた時の様子。    『伊勢物語』77「田村の帝」→ 『仁勢物語』77 能楽『田村』

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能楽『田村』の写真がどこに保存したかがわからないので、祇園祭にしました。           『伊勢物語』 77   昔、田村の帝といふものが、おはしましけるから始まる、『伊勢物語』 77段   田村の帝が転じて、『仁勢物語』 77段では、能楽の『田村』となる。   『仁勢物語』で演じられる能楽『田村』(お話)は、      

 1 をかし、田村と云 能ありけり、

 2 その時の大夫、高安といふ、

 3 天王寺にて、三日しける  (四天王寺)

 4 人/″\、提(サケ)食籠、提重箱

  上で、三日続く能楽鑑賞の中で、(あくまでもお話だが)飲み食いしながら能、狂言を楽しんだことがわかる。

 5 堂のまへに立てたれハ、山もさくらに堂の前にひかり出たるやうになむ、みへける、(春)

 6 祝言のをハる程に、歌読む人/″\を招き集て、

  「けふの御能を題二てあ春の心ばえある歌たてまつらし給へ、」と云った。

   上で、三日続く能楽鑑賞の中で、(あくまでもお話だが)和歌などを詠んで楽しんだことがわかる。

 7 右の馬の大夫なりける翁、目ハたかりながら、よみける、

   山婆の をハりて後の狂言ハ

   腹しつきれて わらふなるへし

  上の歌で、江戸時代は狂言も大笑いしても良かったらしい。

  今も狂言を見て笑うが、笑わぬを良しという人も多い。(笑)

  理由は、ここではあえて割愛させていただきます。

 

大夫、高安

 大原高安

 大原 高安(おおはら の たかやす)は、奈良時代の皇族・貴族・歌人。

 当初高安王を称するが、大原真人姓を与えられ臣籍降下した。

 敏達天皇の孫である百済王の後裔。

 筑紫大宰率・河内王の子。

 官位は正四位下・衛門督。

 

『仁勢物語』 77

◯をかし、田村と云 能ありけり、その時の大夫、高安と

いふ、今もありけり、それを呼て、天王寺にて、三日しける、

人/″\、提(サケ)食籠もてきたる、もてきあつめたる、くひ

物、千ゝハかりあり、そこばくの提重箱を木の枝に付て

堂のまへに立てたれハ、山もさくらに堂の前にひかり出たる

やうになむ、みへける、それを「謡衆にありける藤市の

何ゆきか」とか申すゐたり、祝言のをハる程に、歌読む人

/″\を招き集て、「けふの御能を題二てあ云(ママ)の心

ハヘある歌たてまつらし給へ、」と云、右の馬の大夫

なりける翁、目ハたかりながら、よみける、

   山婆の をハりて後の狂言ハ

   腹しつきれて わらふなるへし

とよみけるを、今見れハ、よるもあらさりける、その

かみとこれやまさりけん、をかしかりける、

『清塚信也 KENBANまつり in 日本武道館』2019 日本武道館 (東京都)

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 サルヴェスターン Sarvestān 近く 塩湖付近 シーラーズ

「塩湖が見たい。」

とドライバーに言うと、連れてくれた塩湖。

 イランでは3つの塩湖を見たが、初めてイランを訪れた時に見た塩湖だった。

 

 

 

    『清塚信也 KENBANまつり in 日本武道館』2019 日本武道館 (東京都)

 

 

 以前、清塚信也さんのピアノを聴いたことがある。

 ピアノありトークあり、あれやこれやで3時間半を超える時間も中身も満足100パーセントのコンサートで、あれ以来、清塚信也さんのピアノを聴きたいと思い続けていた。

 そして今年の初め頃、清塚信也さんのピアノ全国ツアーがあることを知り、検索して見た。

 チケットは2地方に分けられ、北海道から関東方面のコンサート公表と発売がされていたが、1箇所をのぞいて全てソールドアウトだった。

 これは、いけない!!!関西発売日には朝一でチケットを取ろう。

 そうと思っていたさなか、コロナが><

 清塚信也さんのピアノコンサートは、諦めざるを得なかった。

 

 ところが今月、某局で日本武道館(2019)が放映された。

 もちろん、録画^^した。

 

『清塚信也 KENBANまつり in 日本武道館』は、テレビでは、カノンなどの超有名曲はさわりだけであった。

 歌舞伎で言えば、名台詞或いは、見得の部分。全部聴きたいなと感じた。

 

『清塚信也 KENBANまつり in 日本武道館』は5

 分割するとすれば、1,2,3,4,5の 3,4の部分が大変良かった。

 ベートーベンの運命をロックに変えるとこんな風にも表現できるんだと思った。

 また、独奏、バイオリン、連弾部分の清塚信也さんの演奏が好きだった。

 清塚信也さんの独奏を初めから最後まで曲を通して聴きたかった。

 

 コロナがいつ落ち着くかはわからないが、安全だと思えた時には清塚信也さんの舞台も絶対見たいと感じた。

 

     ブラボー!!!

 

 

 今回も簡単な記録のみにて失礼申し上げます。

 

 

カノン 主よ 熱情 ショパン 別れ 月の光 ジョプリン ガーシュイン For seasons Medley 心の声 愛のテーマ ポプラの秋 candle コウノドリメドレー ハレナハレ チャルメン agitato Dearest B Drawing inst Heroes Baby For tomorrow 第九「歓喜の歌」 ボレロ

 

清塚信也 福原将宜 吉田翔平 高井羅人 齋藤たかし 山本翔平 高木慶太 朝里奈津美 NAOTO 啼鵬

[出演]福原将宜(g) / 吉田翔平(vl) / 高井羅人(シンセサイザー) / 齋藤たかし(ds) / 山本翔平(vl) / 高木慶太(vc) / 朝里奈津美(perc) [ゲスト]NAOTO(vl) [指揮]啼鵬

謡曲『田村』  元雅と禅竹 能を読む3 『伊勢物語』77「田村の帝」→ 『仁勢物語』77 能楽『田村』を踏まえて

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 写真は、興福寺(薪能)

 

 

謡曲『田村』  元雅と禅竹 能を読む3

『伊勢物語』77「田村の帝」→ 『仁勢物語』77 能楽『田村』を踏まえて

 

 

謡曲『田村』

 作者不明

 金春禅竹の『五音三曲集』(1460)に取り上げられている。

 禅竹は某先生(国文学 能楽)の講座で特集を組まれていたので、親しみを感じる。

 講座でも、『田村』は取り上げられたように記憶している。

 

 『五音三曲集』解説 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953829/50?tocOpened=1(国会デジタル図書館)

 

 シテ:坂上田村丸の鬼神退治を通して描く、広大な観音の慈悲、そして、御代の安泰。

 

 満開の桜の花を、観音の慈悲だと言い、褒める。

 坂上田村丸が施主となり建設した清水出たの由緒を語り、月下の花景色を絶賛。

 後ジテで、平城(へいぜい)天皇の宣旨を受け、勢州鈴鹿の鬼神を観音の慈悲によって退治したと言い、観音の仏力を絶賛する。

 

『田村』の素材

 前場 清水

 『今昔物語』『清水寺縁起』『元亨釈書』『源平盛衰記』

 『元亨釈書』(日本の歴史書)

 

 後場

 『幸若舞曲 未来記』『田村草子』

 

 『田村草子』

  御伽草子。

 〈とししげ〉将軍の子〈としすけ〉がますだが池の大蛇との間にもうけた利仁将軍は,陸奥国たか山の〈あくる王〉という鬼に妻を奪われたが,鞍馬の多聞天の守護をこうむって〈あくる王〉を滅ぼし,妻をとり返す。

  その折,陸奥国はつせの郡田むらの郷の賤(しず)の女との間にもうけた子が長じて田村大将軍俊宗となる。俊宗は17歳のとき,大和国奈良坂山で,かなつぶてをうつ〈りやうせん〉という化生のものを退治し,さらに2年後には,伊勢国鈴鹿山の〈大だけ丸〉という鬼神を滅ぼすべしとの宣旨をこうむり,鈴鹿御前という天女を妻とし,その助けによって〈大だけ丸〉を退治する。

 

霊験的な少年を前ジテにしている能

  『田村』『大江山』『猩々』『小鍛冶』『石橋』『舎利』など

『源氏物語 一 桐壺』1  あやしき業をしつゝ、御送り迎への人の衣の裾たがう、まさなきことゞもあり。

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『源氏物語 一 桐壺』1  

 

『源氏物語 一』日本古典文学大系14「桐壺」

『源氏物語 一』新日本古典文学大系19「桐壺」

 

 

 薮用の待つ時間を利用して、『桐壺』を読み始めた。

 日本古典文学大系で読みかけたが、けっkぷややこしいので、電子辞書を引きつつ書き込みしながら読むと、鉛筆で見開きが真っ黒になった。

 

 

…舞う上がり給ふにも、あまりうち仕切る折/\は、打橋・渡殿のこゝかしこの道に、あやしき業をしつゝ、御送り迎への人の衣の裾たがう、まさなきことゞもあり。又、ある時は、えさらぬ馬道(めどう)の戸をさしこめ、こなたかなた、心をあわせて、はしたなめ、煩わせ給ふ時もおほかり。事に触れて数知らず苦しい時のみまされば、いと、いたうありたるを、「いとあはれ」と御覧じて 云々

 

 上の部分も昔古典の講座を受けていた時に説明されていたのだが、

    あやしき業をしつゝ、御送り迎への人の衣の裾たがう、まさなきことゞもあり。

の部分が、どの講座を受けても、映画を見ても、美しく生易しいいじめである。

 ところが、日本古典文学大系14「桐壺」の頭注を読みと、次のように解説されていた。

    あやしき業

    他の女御・更衣達が不都合なことをし、糞尿の如き汚物を散らすことともいう。

 

 ちなみに、新日本古典文学大系19では、以前の古典受講内容や映画にように、帝は女達の前を行き過ぎて、場所的に一番奥の桐壺の元へと向かう時に、妬み・嫉みを口にする光景は広がる解釈となっている。

 

 上の解釈では、物語としてのイメージがずいぶん違うので、結局は日本古典文学大系14と新日本古典文学大系19を照らし合わせて読み進めなければならないことを痛感した。

 

 某人に読むなら新日本古典文学大系を勧めるとお聞きしていたが、結局は日本古典文学大系14には嬉しい事に主語が書き加えられているので、混乱が少ないとも、私の場合は感じた。

 

 そういえば、現代作家も複数名、『源氏物語』の現代語訳を書かれているが、作家によっイェ解釈や表現がずいぶん違いのだろうなと思う。

 以前、円地文子さんと瀬戸内寂聴さんで一部分を読み比べて見たことがあるが、ずいぶんと違い面白かった。

 現代語訳まで読む時間はないが、書き込みだらけになっても良いので、少しづつでもとりあえずは「桐壺」を読み進めたい。

 

 

 

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 78 三十三丁裏 三十四丁表 三十四丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 77 三十三丁裏 三十四丁表 三十四丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 78 三十三丁裏 三十四丁表 三十四丁表

 

三十三丁裏

◯をかし、鷹師の娘、おハしける、嫁入して、七ケ日のいわひ

安穏にしけり、鵜師藤瘤(コフ)のなにかし、其祝云に

 

三十四丁表

参りて、かへさに、山崎のせむしの子のゐられける山崎の家に

滝おとし、水ハしらせなとして、面白くつくられたるに

まいりて、「年頃よそにてハ、鵜つかへとも、つかひて

御目にかけす、今宵、爰にて見せ申さん」と云、この子

悦て、夜る(ママ)の物なとかりてけり、さるに、かの鵜師出て

蔑(サケスミ)けるやう、「家見のハじめに、たゞ何をか参らすへき

三條の大路に、紀の國、木綿有けり、いとおもしろき

筋たてませり、大雪の後買たりしかハ、いらて有

けれハ、味噌にかへたがりけるを、嶋このみゐふ人なり、この

木綿奉らん」と思ひて、みづし女して、とりにつかハす、

いくばくもなくて、もてきぬ、此木綿聞しより、見る

はすされり(ママ)、是をたゞに(ママ)まいらせんハ、錫(スヾ)なともそゆへし

 

三十四丁表

とて、歌よむ人によませける、右の鵜師の子也ける

人のをなん、青ききさみたはこをつゝみたる

紙に紙にかきつきつけまいらす、

     ●あかねとも へにともかつて色みへぬ

      心さしてふ よしのなけれハ

 

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

  ●あかねとも へにともかつて色みへぬ

   心さしてふ よしのなけれハ

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   あかねども 岩にぞかふる色見えぬ

   心を見せむ よしのなければ

 

鷹師

 岩波古典文学大系では、鷹匠

鵜師

 岩波古典文学大系では、鵜匠

 

藤瘤(コフ)

 岩波古典文学大系では、藤こぶ

瘤(こぶ)

 『仁勢物語』和泉書院影印業刊では、

   やまいだれに貝貝、女

 

祝云

 祝言

 

かへさに、

 帰さに

 

蔑(サケスミ)ける

 蔑みける

『仁勢物語』和泉書院影印業刊では、糸偏に田、糸

 

いらて

 使い道がなかったので、

 

嶋このみ

 縦縞(織物)好み

 

みづし女して、

 水仕女して、

 下女

水仕女

 台所で水仕事をする下女。

 みずし。

 みずしおんな。

下女

 雑事をさせるために雇った女。

 女中。

 

とりにつかハす、

 取りに遣わす。

 

いくばくもなくて、もてきぬ、

 幾ばくも無くて、持て来ぬ。

 

見るはす(ママ)されり

『仁勢物語』和泉書院影印業刊では、

 見るにまされり(見るに勝れり)

 

是をたゞに(ママ)まいらせんハ、

『仁勢物語』和泉書院影印業刊では、

 只参らせんは、

 

錫(スヾ)(すず)

 錫製の徳利

錫  (ウィキペディア)

 スズは鉄などと比較すると融点が低いため比較的加工しやすい金属材料として、また鉛などと比較すると害が少ない比較的扱いやすい金属材料として、スズ単体、または、合金の成分として古来から広く用いられてきた。

日本での錫の用途

 日本には、スズそのものの加工品としては奈良時代後期に茶とともに持ち込まれた可能性が高い。

 今でいう茶壷、茶托などと推測される。

 金属スズは比較的毒性が低く、酸化や腐食に強いため、主に飲食器として重宝された。

 現在でも、大陸喫茶文化の流れを汲む煎茶道ではスズの器物が用いられることが多い。

 日本独自のものには、神社で用いられる瓶子(へいし、御神酒徳利)、水玉、高杯などの神具がある。

 いずれも京都を中心として製法が発展し、全国へ広まった。

 それまでの特権階級のものから、江戸時代には町民階級にも慣れ親しまれ、酒器、中でも特に注器としてもてはやされた。

 落語『御神酒徳利』の語りの発端となる御神酒徳利は、スズ製という設定である。

 京都、大阪(大阪浪華錫器)、鹿児島(薩摩錫器)に、伝統的な錫工芸品が今も残る。

 近年では日本酒用以外にビアマグやタンブラーなどもつくられるようになった。

 また、一部の比較的高級な飲食店では日本酒の燗に、こだわりとして高価であるスズ製ちろりを使用するところがある。

 科学的には定かではないが、錫製品は水を浄化し雑味が取り除かれ、酒がまろやかになると言われている。

 近年では、錫の軟らかい性質を利用した錫製品や作品が、富山県を中心に製造されている。

 他にも第二次世界大戦中にチャフとして使われた。

 

 チャフ  (ウィキペディア)

 チャフ(電波欺瞞紙、英: chaff、独: Düppel)は、電波を反射する物体を空中に散布することでレーダーによる探知を妨害するもの。

 電波帯域を目標とし誘惑と飽和を任務とした使い捨て型のパッシブ・デコイである。

 chaffとはもみがらの事で、穀物に見せかけたまがい物という意味がある。

 

青ききさみたはこをつゝみたる紙に

 青き煙草を包みたる紙に

青き煙草〘名〙  (日本国語大辞典)

 (タバコはtabaco) タバコの葉を細かく刻んだもの。

 キセルにつめて吸う。

 きざみ。

 仮名草子・仁勢物語(1639‐40頃)下「青ききざみたばこを包みたる紙に書き付け参らす」

 

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 79 三十四丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 79 三十四丁裏 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 79 三十四丁裏

 

三十四丁裏

◯をかし、宇治の上林、馬持ちけり、馬やより人/″\うち

でけり、おほきなるあなへ落て、死にけれハ、翁の読(ママ)める、

   わか門に 千尋あるあなを掘り連れハ

   夜昼誰か はまりたるへき

これハ酒粕に酔て、「人の中禾」となんいひける、豈中

禾にて、あらさらんや、

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   わか門に 千尋あるあなを掘り連れハ

   夜昼誰か はまりたるへき

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   わが門に 千尋ある影をうゑ連れば

   夏冬たれか 隠さざるへき

 

 

読(ママ)める、

 詠める

  『仁勢物語』和泉書院影印業刊 では、度々次の様に表記されている。

 読める   と表記されている。

 

千尋(ちひろ)(せんじん  ちいろ(中世))

 ちひろ。

 極めて広いこと。

千尋(ちひろ)

 鷹1尋の千倍。

 転じて、非常に長いこと。

 また、きわめて深いこと。

 「千尋の海」「千尋の谷底」

  [補説]中世、近世には「ちいろ」とも表記した。

 

中禾 (ちゅうよう)

 病気などで寿命を全うしないで倒れる意味、

 

豈中禾 (あにちゅうやく)

 

豈(あに)

 《あとに反語を伴って》 《副》どうして。  

 「―図(はか)らんや」(意外なことには)

豈(あに)副詞

 ①〔下に打消の語を伴って〕決して。少しも。

  出典日本書紀 仁徳 「あに良くもあらず」

  [訳] 決して良くはない。

 ②〔下に反語表現を伴って〕どうして。なんで。

  出典万葉集 三四五 「価(あたひ)なき宝といふとも一坏(ひとつき)の濁れる酒にあに益(ま)さめやも」

  [訳] 値段がつけられないほどに貴重な宝だといっても、一杯の濁り酒にどうしてまさろうか、いや、まさりはしない。

  参考中古以降は漢文訓読体にもっぱら用いられ、ほとんどが②の用法となった。

 

 

◯をかし、宇治の上林、馬持ちけり、馬やより人/″\うち

でけり、おほきなるあなへ落て、死にけれハ、翁の読(ママ)める、

   わか門に 千尋あるあなを掘り連れハ

   夜昼誰か はまりたるへき

これハ酒粕に酔て、「人の中禾」となんいひける、豈中

禾にて、あらさらんや、

  →あはは^^面白すぎでしょうなんちゃって書いちゃったりして^^vははは ははは

 


恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 80 三十四丁裏 三十五丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者 和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 80 三十四丁裏 三十五丁表 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 80 三十四丁裏 三十五丁表

 

三十四丁表

◯をかし、おとろへたる家に、葺の塔(ママ)出たる有けり

しハす晦日に、その日雨そろ/\ふるに、人の許へ

ほりて、まいらすとて、

 

三十五丁表

   ぬれつゝそ しいてほりつる年のうちに

   春ハ冨貴に ならせられてよ

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   ぬれつゝそ しいてほりつる年のうちに

   春ハ冨貴に ならせられてよ

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   濡れつゝぞ しゐておりつる年の内に

   春は行くかも あらじと思へば

 

 

葺の塔

 蕗の薹(ふきのとう)

 

 冨貴(掛詞)

 

恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 81 三十五丁表 三十五丁裏 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9 富田高至 編者

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恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 81 三十五丁表 三十五丁裏 と、『伊勢物語』岩波古典文学大系9

富田高至 編者

和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年

 

 

下 81 三十五丁表 三十五丁裏

 

三十五丁表

◯をかし、左の聞たる摺切武士居られり、鴨河の

ほとりに、六條わたりに、家をいと侘て作りて、住けり、

水無月の晦日かた、菊皿のうつくしさに桜菜膾(モミナナマス)残

もりて、殿達よひて、一日酒のみし、あそひて、樽も

あけもて行ほとに、此殿達、おかしき歌よむ、そこに

有ける、かたき翁、板打敷のハたにはひきて、人に

みなよ申せて、よめる、

   しほものを いつかくひけん朝倉に

   つきぬるよゐに もみもあらなん

 

三十五丁裏

となん、よみけるハ、臼杵にてつきたりけれハ、あらなく

白き米に籾、おほかりけり、わか主殿、六十五石とり

給へは、しほ物より外に肴なかりけり、されハなん、かの

翁さらに、是をめいわくして、しほ物はいつかくひ

けんと、よめりける、

 

 

『仁勢物語』和泉書院影印業刊       

   しほものを いつかくひけん朝倉に

   つきぬるよゐに もみもあらなん

  

『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す

   鹽竈(しほがま)に いつか来にけむ朝なぎに

   釣りする舟は こゝに寄なん

 

 

摺切武士 (すりきりぶし)

擦切〘名〙

 ① 物と物とを摩擦して切ること。

  また、そのような状態になったもの。

  ※俳諧・玉海集(1656)付句「すりきりとなるまでもてる馬の鞭 大事のあらばかけんかまくら〈貞徳〉」

 ② 金・財産などをすっかり使い果たして無一物になること。

  また、そのような人。

  一文なし。

  無一文。

  素寒貧(すかんぴん)。

  ※人鏡論(1487)「彼近江守は分限より軍士あまたふちして、勝手大きにすりきりにて候が」

  ※仮名草子・犬枕(1606頃)「見苦しき物〈略〉すりきりのかりぎ」

 ③ 粉や粒状のものを、枡(ます)、茶わんなどの入れ物のふちと同じ高さにならして盛ること。

 「すりきり一杯」 ※北野社家日記‐文祿三年(1594)正月七日「御前へ之御供杉もり四せん・すりきり四せん也」

擦切〘他ラ五(四)〙

 ① 物と物とを摩擦して切る。

  こすって切る。

 〔日葡辞書(1603‐04)〕

 ② 金銭・財産などをすっかり使い果たす。

  一文なしになる。 ※古文真宝笑雲抄(1525)四「困阨とはすりきりはてて埜処に居を云」

擦切〘自ラ下二〙

  ⇒すりきれる(摩切)

擦切〘自ラ下一〙

   すりき・る

擦切〘自ラ下二〙

   物と物とが摩擦して切れる。

   こすれて切れる。または、減る。

   ※魔風恋風(1903)〈小杉天外〉後「毛の摩切れた白毛布、それに洋傘まで添へて」

 摩切・擦切・摺切

 

 ここでは

 名詞② 金・財産などをすっかり使い果たして無一物になること。

  また、そのような人。

  一文なし。

  無一文。

  素寒貧(すかんぴん)。

摺切武士 (すりきりぶし)

  すっかんぴん(一文無し)の武士

 

桜菜(モミナ)  当て字か?

 

 古くは、魚・貝・獣などの生肉を細かく刻んだもの。

 のちに、魚・貝や野菜などを刻んで生のまま調味酢であえた料理をさす。

 

殿達よひて

 殿達呼びて

殿達よひて(掛詞)

   呼びて

   酔いて

 

あそひて、

 遊びて

 

かたき翁、

 頚部が極端に傾斜して居る翁

頚 (のど、けい)

 首、のどくび、首の前の部分。

 

つきぬるよゐに もみもあらなん

 搗きぬる夜に 籾もあらなん

    搗く、つく(掛詞)

    籾 、揉み(掛詞)

面白すぎでしょう。わっはっは、わいのわいの。ははは、ははは。

   しほものを いつかくひけん朝倉に

   つきぬるよゐに もみもあらなん

となん、よみけるハ、臼杵にてつきたりけれハ、

と、きますか^^

臼杵にてつきたりけれハ

 臼杵にて搗きたりければ

 臼杵といえば、歌舞伎では『団子売』と云う小半時間の短い演目がある。

 夫婦で、臼と杵に見立てて、餅をつき、その仕草の長唄で

「臼と杵との騙し合い〜〜♪」

と云うこと詞が耳に残って居る。

 夫婦の餅つきはまさしくウヒャヒャ^^なのである。

 歌舞伎では、営み(?^^?)を露骨に表現せずに、髪を溶かしたり、襖を締めて裾を引っ張る等してで、それ(?^^?)を匂わせる演目が多くある。

 附

 もちろん、『仁勢物語』81では餅をつくのではなく、籾をついて米にすることも、付け加えておきたい。

 

しほ物

 鹽物

 

 

映画『Ordinary People 守護教師』2018 韓国 イム・ジンスン監督 マ・ドンソク他

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 映画『Ordinary People 守護教師』2018 韓国 イム・ジンスン監督 マ・ドンソク他

 

原題/Ordinary People 制作年/2018 制作国/韓国 内容時間(字幕版)/100分

 

 

 今日は一日中家にいるので、逆に掃除などの家事を控え、思い切りやりたい事だけをすることにした。

    ネットスーパーでの買い物

    読書

    食事の用意

    映画『Ordinary People 守護教師』

 

 映画は、面白かった。

 良し悪しというよりも、のんびりとした時間を過ごすことができ、リラックスできた。

 マ・ドンソクの演技は、上手かった。

 

 今回もネタバレ無しの簡単な記録のみにて、失礼いたします。

 

 

 

 

 

 

 

監督 イム・ジンスン 脚本 イム・ジンスン 撮影 ハ・ギョンホ 音楽 モク・ヨンジン オク・ギチョル マ・ドンソク ユジン キム・セロン キム・ギテ チャン・グァン ジソン イ・サンヨプ スヨン シン・セフィ ビョンドゥ チン・ソンギュ

『年中行事絵巻』日本絵巻大成 8-30 【巻三 蹴鞠に興ずる公卿】二十二紙〜二十八紙 中央公論社 小松茂実編

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絵図は二巻

 

『年中行事絵巻』日本絵巻大成 8-30 【巻三 蹴鞠に興ずる公卿】二十二紙〜二十八紙 中央公論社 小松茂実編

 

 

日本絵巻大成 8 巻三 二十二紙〜二十八紙

 

 蹴鞠に興ずる公卿

 

 遣水(やりみず)を巡らした、築山。

 水に流れる桜の花びらを愛でる二人の姿。

 庭壺に懸かりの木四本。

    桜

    松

    柳

    楓

 一本に二人づつの蹴鞠足が守備をする。

 蹴鞠の高さは、必ず、下枝の高さ以上とした。

 

 

公卿(くぎょう)

 公卿(くぎょう)は、公家の中でも日本の律令の規定に基づく太政官の最高幹部として国政を担う職位、すなわち太政大臣・左大臣・右大臣・大納言・中納言・参議ら(もしくは従三位以上(非参議))の高官(総称して議政官という)を指す用語である。

 平安時代に公卿と呼ばれるようになった。

 

遣水(やりみず)

 庭園などに水を導き入れて流れるようにしたもの。

 流水の曲折にさまざまな工夫が凝らされ,また水中の底石,流れを変える横石,水越石などの配置にも独特の苦心が払われた。

 平安・鎌倉時代の庭園では重視されたが,室町時代以降は枯山水の庭園が流行するにつれて次第に衰退した。

『作庭記』に造り方が詳説されているが,それに近い構成が平泉の毛越寺の遺跡で発掘されている。

 

築山(つきやま)

 築山(つきやま)とは、人工的に作られた山。

 測量の目的で作られたり、観賞用として庭園に作られたり、子供の遊具として公園に作られたりしたものがある。

『年中行事絵巻』日本絵巻大成 8-31 【巻三 蹴鞠に興ずる公卿 2】二十八紙〜三十三紙 中央公論社 小松茂実編

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絵図は二巻

 

『年中行事絵巻』日本絵巻大成 8-31 【巻三 蹴鞠に興ずる公卿 2】二十八紙〜三十三紙 中央公論社 小松茂実編

 

 

日本絵巻大成 8 巻三 二十八紙〜三十三紙

 

 蹴鞠に興ずる公卿の一人は、

    総綱襟(そうごうえり)の衣の若い男

 それぞれの履物

    沓(くつ とう)

 

 階段には、見証(審判)か。

 

 女官

   蹴鞠を見ず、桜を愛でる。春、たけなわである。

 

    

 

総綱襟(そうごうえり)

 →僧綱領(そうごうえり)

 後頭部が隠れるように、法衣 (ほうえ) の後ろ首に三角形の板を用いて、えりを隠して着ること。

 また、その着方。

 そうごうくび。

 

沓(くつ とう)

 履物の一種。足をその中に入れ、履いて歩くための物。

 

見証

(審判)

(碁・双六(すごろく)・蹴鞠(けまり)などの勝負を)判定すること。

 審判。

「けんじょう」「けんぞ」とも。

 出典古今著聞集 五五九 「僧きたりて、けんじょすとて」

 [訳] 僧がやってきて、(双六の)判定をするということで。

 

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