鳥の戯れ 天王寺動物園で、乱鳥 鳥と遊ぶ。 (2022,06,14 3景)
今月、動物園に二度行った。
一日目はひたすらホッキョクグマ親子と霊長目を楽しんでいた。
ホッキョクグマの様子はこちら ↓
ホッキョクグマ親子 (天王寺動物園) (6景) 2022年6月
そして先日(6/14)は鳥やネコ科や爬虫類
特に鳥に時間を費やし、またまた動物園の全てを見て回ることはできなかった。
15時半頃から17時頃の鳥たちは、すこぶる機嫌が良かった。
コウノトリは動き回り、愛を語り、共鳴し、長く見ていた。
コウノトリが鳴くので同じように私もコウノトリに語らってはみたが、無視された。
鶴のような形の鳥が複数いた。
彼らは胸を貼り嘴を空に掲げ、威厳を持って対応してくれる。
彼らが右へ左へと歩いて見せてくれるので、大向こうをはるとコウノトリとは違い、答えてくれる。
時に声を出して歌い、羽を広げ舞を披露する鳥たち。
明らかに観客の私に見せ場を設けて、見得さえ切ってくれる鳥たち。
鳥は人の好き嫌いがあるような気がする。
子供か ノリの良い阿呆の乱鳥のような人間にはあからさまに羽を広げて美しさを披露する。
乱鳥は鳥に足らずの知能の持ち主である。
彼らは乱鳥に鳥類の親しみを持ってくれているのであろうか?
あるいは羽を広げているのは威嚇か挑発なのか、、、
その真意は定かでないが、彼らは乱鳥に近づき擦り寄り、自分の大切なレタスまで近くに持ってきて金網ギリギリで食べてくれる。
彼らの中で、バカほど長い時間戯れたのが 冠鶴(カンムリヅル)
上に書いたレタスの主は、カンムリヅルである。
彼は多くの舞を披露し、歌い、近づき、レタスを食べた。
私にレタスをくれようとする身振りさえ見せてくれた。
金網ギリギリまで近づき、身をすり寄せ、その場を離れようとすると体を激しく動かせ、私たちが離れることを阻止した。
中学生の頃、油絵(30号)にカンムリヅルを描いたことがある。
伸びやかに冠部分を描いた事を覚えているが、ふくよかな顔の立体感まで描けてなかったような気がする。
そして何より、あのお茶目なカンムリヅルの性格までは見抜けてなく、描くことも出来ずいにいた。
付け加えるならば、当時は京都市立動物園のカンムリヅルに通った記録がある。
話を戻そう。
天王寺動物園のカンムリヅルは、歌舞伎役者のようにまめまめしく所作と間を取り、演じてくれた。
顔は重厚だが、頭は寺子屋か石川五右衛門。そんな感じである。
衣装も桂も、化粧も所作も、かっこが良い。
芝居のかわりに、小半時間はカンムリヅル相手に声をかけ楽しんでいた。
これぞ、乱鳥の戯れ