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アラン『定義集』8  「論理 logique」  説明(経験論/ アリストテレス/ 論理学/ デカルト/ カント/ 超越論的論理/ ベーコンとは?)

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アラン『定義集』8  「論理 logique」(経験論/ アリストテレス/ 論理学/ デカルト/ カント/ 超越論的論理/ ベーコンとは?)

 

 アラン『定義集』  P、81 82より抜粋

 

論理 logique

 考察する対象が何であろうとも、精神が自己自身に負っている物を、精神に教える学問。

 精神は普遍的に、すなわち経験とは無関係な証拠によって考えることを、自らにおっている。

 たとえば、ひとは経験論によって非常にうまく考えることができる。

 しかし、少なくとも一度は証拠を捉え直すことが、精神にはより一層ふさわしい。

 論理にはたくさんの階段があって、抽象的なものから具象的なものまで及んでいる。

 アリストテレスの論理学は、言語における論理的一貫性を論じた一般文法である。

 デカルトの論理学、あるいは秩序の論理は(思考と延長という)十全な系列によって考えることを我々に教えている。

 カントの論理学、あるいは超越論的論理は、あらゆる認識において、形式を実質から切り離し、あらゆる種類の証拠を、可能な限り、純化している。

 最後に、ベーコンの論理学、あるいは実験的論理は、サイズ、記述的言語、道具、記録資料、公開討論、などに関するあらゆる経験の徹底した身長差を探求している。

 

 

経験論(けいけんろん)

経験主義(けいけんしゅぎ、(英: empiricism)

 人間の全ての知識は我々の経験に由来する、とする哲学上または心理学上の立場である(例:ジョン・ロックの「タブラ・ラサ」=人間は生まれたときは白紙である)。

 中でも感覚・知覚的経験を強調する立場は特に感覚論と呼ぶ。

 この語彙・概念自体は、元々は17世紀から18世紀にかけて生じた近代哲学の認識論において、英国を中心とする経験主義的傾向が強い議論(イギリス経験論)と、欧州大陸を中心とする理性主義(合理主義)的性格が強い議論(大陸合理論)を区別するために生み出されたものだが、現在では遡って古代ギリシア以来の西洋哲学の傾向・系譜を大別する際にも用いられる。

 経験論は哲学的唯物論や実証主義と緊密に結びついており、知識の源泉を理性に求めて依拠する理性主義(合理主義)や、認識は直観的に得られるとする直観主義、神秘主義、あるいは超経験的なものについて語ろうとする形而上学と対立する。

 経験論における「経験」という語は、私的乃至個人的な経験や体験というよりもむしろ、客観的で公的な実験、観察といった風なニュアンスである。

 したがって、個人的な経験や体験に基づいて物事を判断するという態度が経験論的と言われることがあるが、それは誤解である。

 

アリストテレス(アリストテレース)

 古代ギリシアの哲学者である。

 プラトンの弟子であり、ソクラテス、プラトンとともに、しばしば西洋最大の哲学者の一人とされる。

 知的探求つまり科学的な探求全般を指した当時の哲学を、倫理学、自然科学を始めとした学問として分類し、それらの体系を築いた業績から「万学の祖」とも呼ばれる。

 特に動物に関する体系的な研究は古代世界では東西に類を見ない。

 様々な著書を残し、イスラーム哲学や中世スコラ学、さらには近代哲学・論理学に多大な影響を与えた。

 また、マケドニア王アレクサンドロス3世(通称アレクサンドロス大王)の家庭教師であったことでも知られる。

 アリストテレスは、人間の本性が「知を愛する」ことにあると考えた。

 ギリシャ語ではこれをフィロソフィアと呼ぶ。

 フィロは「愛する」、ソフィアは「知」を意味する。

 この言葉がヨーロッパの各国の言語で「哲学」を意味する言葉の語源となった。

 著作集は日本語版で17巻に及ぶが、内訳は形而上学、倫理学、論理学といった哲学関係のほか、政治学、宇宙論、天体学、自然学(物理学)、気象学、博物誌学的なものから分析的なもの、その他、生物学、詩学、演劇学、および現在でいう心理学なども含まれており多岐にわたる。

 アリストテレスはこれらをすべてフィロソフィアと呼んでいた。

 アリストテレスのいう「哲学」とは知的欲求を満たす知的行為そのものと、その行為の結果全体であり、現在の学問のほとんどが彼の「哲学」の範疇に含まれている。

 

ルネ・デカルト(仏: René Descartes、1596年3月31日 - 1650年2月11日)

 フランス生まれの哲学者、数学者。合理主義哲学の祖であり、近世哲学の祖として知られる。

 考える主体としての自己(精神)とその存在を定式化した「我思う、ゆえに我あり」は哲学史上で最も有名な命題の一つである。

 そしてこの命題は、当時の保守的思想であったスコラ哲学の教えであるところの「信仰」による真理の獲得ではなく、人間の持つ「自然の光(理性)」を用いて真理を探求していこうとする近代哲学の出発点を簡潔に表現している。

 デカルトが「近代哲学の父」と称される所以である。

 ただし、デカルトはそのすべてを信仰も根ざして考えており、著書『方法序説』においても神の存在証明を哲学的にしようと試みてさえいる。

 初めて哲学書として出版した著作『方法序説』(1637年)において、冒頭が「良識 (bon sens) はこの世で最も公平に配分されているものである」という文で始まるため、思想の領域における人権宣言にも比される。

 また、当時学術的な論文はラテン語で書かれるのが通例であった中で、デカルトは『方法序説』を母語であるフランス語で書いた。

 その後のフランス文学が「明晰かつ判明」を指標とするようになったのは、デカルトの影響が大きい、ともいわれる。 レナトゥス・カルテシウス (Renatus Cartesius) というラテン語名から、デカルト主義者はカルテジアン(仏: Cartésien ; 英: Cartesian)と呼ばれる。

 その他、デカルト座標系(仏: système de coordonnées cartésiennes ; 英: Cartesian coordinate system)のようにデカルトの名がついたものにもカルテジアンという表現が用いられる。

 

論理学

 ここでいう論理とは、思考の形式及び法則である。

 これに加えて、思考のつながり、推理の仕方や論証のつながりを指す。

 よく言われる「論理的に話す、書く」という言葉は、つながりを明確にし、論証を過不足なく行うということである。

 論理学は、伝統的には哲学の一分野である。 

 数学的演算の導入により、数理論理学(記号論理学)という分野ができた。

 現在では、数理論理学は数学と論理学のどちらであるとも(時にどちらでないとも)される。

 現在の論理学は、(それを論理学であるとするなら)数理論理学と、数理論理学をふまえた論理学、数理論理学でない論理学に分化している。

 弁証法なども、「論理」なのであるが、論理学における論理とは異なる。

 これらは、論理というよりむしろ理論 (Theory)である。

 なお、日本語の「論理学」という語は西周によるものとされている。

 

十全[名・形動]

  1 少しも欠けたところがないこと。十分に整っていて、危なげのないこと。

   また、そのさま。万全。「十全を期して念を入れる」「十全な(の)備え」  

  2 概念または判断が、その表す対象と完全に相応すること。

 

イマヌエル・カント

 1724年4月22日 - 1804年2月12日)は、プロイセン王国(ドイツ)の哲学者であり、ケーニヒスベルク大学の哲学教授である。

『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書を発表し、批判哲学を提唱して、認識論における、いわゆる「コペルニクス的転回」をもたらした。

 フィヒテ、シェリング、そしてヘーゲルへと続くドイツ古典主義哲学(ドイツ観念論哲学)の祖とされる。

 

超越論哲学(ちょうえつろんてつがく、独: Transzendentalphilosophie, 英: transcendental philosophy)とは

 カントを中心とし、フィヒテやシェリングなどにも見られる哲学に対する態度。

 超越論的哲学(ちょうえつろんてきてつがく)とも言われる。

 古くは、先験哲学、先験的哲学という用語が使われていたが、アプリオリ(a priori)の訳語で与えられる「先天的」という表現と紛らわしいため、現在では見られない。

 なお、Transzendentalに「超越論的」という訳語を最初に提案したのは、九鬼周造であるといわれている。

 なお、カントに限定していえば、批判哲学(kritische Philosophie)と指している内容はほぼ同じであると言って良い。

 認識論的分類では、超越論的観念論(先験的観念論、超越論的主観主義、独: Transzendentaler Idealismus, 英: transcendental idealism)という括りに入れられたりもする。

 

フランシス・ベーコン

 初代セント・オールバン(ズ)子爵フランシス・ベーコン

 イギリスの哲学者、神学者、法学者、政治家、貴族である。

 イングランド近世(ルネサンス期、テューダー朝(エリザベス朝)からステュアート朝)の人物。

「知識は力なり」(Ipsa scientia potestas est)の名言や、「イドラ」の概念で有名。

 

  アラン『定義集』

  モーリス・サヴァン刊行

  神谷幹夫  翻訳

  岩波文庫 

  青656-4 

 

  訳者 神谷幹夫

  北星学園大学・文学部・教授

 

アラン『定義集』1 (フランス国立図書館にある木箱の中に、アランの手稿の264枚のカードがある 訳者覚書より) アラン『定義集』2 (言表の単純な厳密さによって静謐な徳、イデオロギーとは無関係の、論争では得られない徳、即ち全ての真の省察の原型であり、源泉である徳を、獲得している。) アラン『定義集』3 (アランはいう、…哲学者が目指しているものは、自然的で自分に嘘をつかないものだけを感じ取ることである。哲学者の欠点は、避難する傾向が強いこと、そして懐疑を解くことを好むことだ。) アラン『定義集』4  「文明 civilisation」(他のところではよく吟味もされず、特に驚きもなく受け入れられている実践を、不可能にする。例えば、奴隷制、子どもの去勢、拷問、魔法使いの処刑。) アラン『定義集』5  「平等 égalité」(平等は一つの法的支配の状況であって、窃盗、権力の濫用、侮辱などの不平等の結果を裁かなければならない時、力の比較を排除するもの) アラン『定義集』6  「エゴイズム égoisme」(身体の境目と結びついた思考であり、快楽を選び量るように、苦しみや病気の予見を遠ざけることに専念した思考) アラン『定義集』7  「寓話 Fable」(人の心を傷つけないで、ちょっと厳しい真理を理解させようとする、素朴な形式の説話) アラン『定義集』8  「論理 logique」  説明(経験論/ アリストテレス/ 論理学/ デカルト/ カント/ 超越論的論理/ ベーコンとは?)

 

 


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