富田高至 編者
和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年
下 64 二十七丁裏、二十八丁表、二十八丁裏、二十九丁表
二十七丁裏
◯をかし、大傾城やありけり、女の乗物許(ユル)
されたるを有けり、町人もさふらひける腹はり也
ける、男、また、いとわかゝりけるを、此女、知音しけり、
かの男、つゞけ買にして、常に女と向ひをりけれハ、
二十八丁表
女、「いとしやら也、かねもいと うせなん、かくなかふそ」といひけれハ
おもふにハ 忍ぶることもわんざくれ
おひにしかねも あらハあれ
といひて、格子(カウシ)の内にをれハ、此格子の外にハ、人の
みるをもしらて、のたバれハ、此女見佗く、上屋(ママ)へ行
されハ、よき事とおもひて、後から行きけれハ、皆人見て
わらひけり、つとひて殿達の御出なれハ、轡(くつハ)出て
奥にいさなひいれてのきぬ、からかさ、かくかた時もハなれ
す、ありわたるに、徒物になりぬれへけれハ、終に知音
はなるへしとて、此男、「いかにせん、わかかの様よせ給へ」
と佛神にも申けれと、いやまさりてよせさりつゝ、猶
わりなく、いとすげなし、あひしけれハ、御楊枝、
二十八丁裏
カルタなとかけつけして、つゝ身もハやかハしと云誓
文をたてゝなん、逢ける、逢ひけるまゝ、いとゝ恋
しき事、数まさりて有りしけに、恋しく覚けれハ
恋しきやと みにこそきたれ上銭の
かねハもたすも なりにけるかな
といひてなん、買ける、此君様ハ、顔形よくおハしまし
て、佛のやうに、おしゑハいとよくて、謠のふ、男女いと諾(ウナツキ)
合(ママ 有)ける、かゝる刻につれたつて、すくをかしとかた
く約束して走るになん、極ける、かゝる程に、長(ホウ)聞
つけて、此男をハ付届しけれハ、此女をハたバかりて
倉にこめて、縛(シバリ)けれハ、倉にこもりてなく、
耐重鬼(アマノシヤク) おもきにころし我か身も
二十九丁表
音をこそなかめ 人ハうらみし
となきけれハ、此男ハ人の國より夜毎にきつゝ、尺
八をいとおもしろく吹て、声ハおかし打てそ、安房(アホウ 阿呆)気に
謡ける、かゝれハ此女、倉にこもりなから、それにてあな
るとハきけと、逢みるつきにもあらてなん、有ける、
左礼ことゝ おもふらんこそかハゆけれ
あるにあられぬ 身をしらすして
とおもひをる、男ハ女しあハね、かくしてあるきつゝ、人の
國にありきて、かくうたふ、
徒に 遊(ママ 行)きぬる物くさを
みまくほしさに はきやふりつゝ
尊氏の御時たるへし、大傾城屋ハ、そめ物屋のかゝ也
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
おもふにハ 忍ぶることもわんざくれ
おひにしかねも あらハあれ
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
おもふには 忍ぶることぞ負けにける
逢うにしかへば 然もあらばあれ
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
恋しきやと みにこそきたれ上銭の
かねハもたすも なりにけるかな
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
恋せじと 御手洗(みたらし)河にせしみそぎ
神はうけずも なりにけるかな
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
耐重鬼(アマノシヤク) おもきにころし我か身も
音をこそなかめ 人ハうらみし
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
海人(あま)の刈る 藻にすむ蟲(むし)の我からと
音(ね)こそなかめ 世をばうらみじ
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
左礼ことゝ おもふらんこそかハゆけれ
あるにあられぬ 身をしらすして
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
さりともと 思(ふ)覧こそ悲しけれ
あるにもあらぬ 身をしらずして
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
左礼ことゝ おもふらんこそかハゆけれ
あるにあられぬ 身をしらすして
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
左礼ことゝ おもふらんこそかハゆけれ
あるにあられぬ 身をしらすして
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
徒に 遊(ママ 行)きぬる物くさを
みまくほしさに はきやふりつゝ
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
いたづらに 行(い)きてはきぬる物ゆゑに
見まくほしさに 誘はれつゝ
知音《中国の春秋時代、琴の名人伯牙は親友鍾子期が亡くなると、自分の琴の音を理解する者はもはやいないと愛用していた琴の糸を切って再び弾じなかったという「列子」湯問などの故事から》
1 互いによく心を知り合った友。親友。「年来の知音」
2 知り合い。知己。「知音を頼る」
3 恋人となること。また、恋人。なじみの相手。 「しをらしき女は大方―ありて」〈浮・一代男・三〉
知音[一]名詞
①親友。心の底を打ち明けて話すことのできる友。
②知人。知り合い。
[二]名詞
「す」が付いて自動詞(サ行変格活用)になる 男女が情を通じること。参考中国の春秋時代、琴の名手伯牙(はくが)は、その音をよく理解していた友人鍾子期(しようしき)の死後、音を理解する(=音を知る)者がないといって、琴の弦を切り再び弾かなかったという、『列子(れつし)』の故事から。
琴の名手伯牙
佐竹蓬平 「伯牙弾琴図」 文化4年(1807) 絹本淡彩 129.1×38.0㎝ 軸装一幅 代田保雄氏寄贈 (掛け軸)
伯牙弾琴は、『列子』湯問や『呂氏春秋』に載る故事を題材にしている。
物語は、春秋時代の琴の名手伯牙が、常より自らの琴の音色を理解できるのは、鐘子期だけであると心に思っていたところ、鐘子期が先に亡くなり、琴を聞かせる相手がなくなってしまったとして、自ら琴を壊し、以後再び弾くことがなかったという内容で、本図では、琴をつま弾く伯牙と、音色に聞き入っている鐘子期の姿を捉えている。
道教や神仙思想を示す画題として、中国・日本でも古来より知られる画題で、「知音」という言葉は友人を持つこととして儒教的にも解釈された。蓬平は、この画題を好み、いくつかの作品を描いているが、本図では最晩年の境地らしく、独特の飄々とした人物像を簡素ながら墨勢を含んだ筆致で描いている。
鍾子期(しようしき)
中国、春秋時代の楚 (そ) の人。琴の名人伯牙の音楽の理解者として知られ、その死後、伯牙は琴の糸を切って生涯演奏しなかったといわれる。生没年未詳。→知音
しやら
身分不相応
しゃら(洒落)
1 物事にこだわらず、さっぱりしているさま。しゃれているさま。いき。
2 しゃらくさいさま。生意気。
3 遊女。近世、越前でいう。
わんざくれ 捨て鉢
[感]「わざくれ」の音変化。
「思ふには忍ぶることも―負ひにし金はさもあらばあれ」〈仮・仁勢物語・下〉
上屋(ママ)
揚げ屋のこと。
上屋(ママ)意味は、
1 柱に屋根をつけ、雨露を防ぐだけの簡単な建物。停車場・波止場・工事場などに作る。 2 建物の上にさらに屋根をつけて、工事などのできるようにした仮屋根。 なので、上屋(ママ)は当て字で有り、揚げ屋が正しい。 揚げ屋 揚屋(あげや) は、江戸時代、客が、置屋から太夫、天神、花魁などの高級遊女を呼んで遊んだ店。 太夫は官許の遊女の最上位(江戸吉原では花魁)、天神はその次位で、揚げ代が25匁だったことから北野天神(北野天満宮)の縁日の25日にかけて天神と呼ばれた。 茶屋(お茶屋)より格上 轡(くつハ) (大辞泉) 1 《口輪の意》手綱(たづな)をつけるため、馬の口にかませる金具。 くつばみ。くくみ。「―をとる」 2 手綱。 3 紋所の名。円形の中に十字を置く。轡の鏡の部分の形をかたどったもの。 4 遊女屋。また、遊女屋の亭主。忘八(ぼうはち)。 「女郎は浮気らしく見えて心の賢きが上物、と―の又市が申せし」〈浮・一代男・六〉 ここでは4の、 遊女屋。また、遊女屋の亭主。忘八(ぼうはち)。 徒物(いたづらもの) 「徒人 (いたずらびと) 1」に同じ。 「世に余されたる―」〈平家・一〉 「いたずら【徒】」の全ての意味を見る 徒物(あだもの) と読むと意味は はかないもの。 「命やは何ぞは露の-を/古今恋二」 ここでは、徒物(いたづらもの) 上銭(あげだい ④ ) 此処では、 (揚銭、上銭、挙銭)〘名〙 ① 中世、利子をとって金銭を貸し出すこと。 また、その金銭。こせん。 吾妻鏡‐延応元年(1239)四月二六日「挙銭を取て、まづ寺家に令二進納一後」 ② 営業権を他人に貸して、受けとる貸料。 うわまえをはねて取る金。 滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「目鼻がなけりゃアわさびおろしといふ面(つら)だから、かながしらから揚銭(アゲセン)を取さうだア」 ③ 小揚げの賃金。労賃。 浄瑠璃・心中二枚絵草紙(1706頃)中「九間のおろせがあげせんの、残りもけふはすっきりと取って九両二歩のかね」 ④ =あげだい(揚代) 仮名草子・仁勢物語(1639‐40頃)下「恋しやと見にこそ来たれ上銭の金は持たずもなりにけるかな」 諾(ウナツキ) 諾(ウナツキ)は、伊勢物語、仁勢物語 諾(ダウ、うべなう) 1 人からの依頼をすなおにひきうける。うけあう。うべなう。 2 応答する。呼ばれて返事をする。 合(ママ)ける 有りける。 刻(きざみ) 刻(コク・きざむとき) 1 ほりつける。きざむ。 2 容赦がない。むごい。きびしい。 長(ホウ) 長(ちょう) ハたバかりて 謀りて 謀(はばか)る 考えをめぐらす。 工夫する。 たくらむ。 倉 蔵 耐重鬼(アマノシヤク) 天邪鬼 安房(アホウ) 阿呆 謡ける、 歌いける 左礼こと 戯れごと 遊(ママ)行て 尊氏(たかうじ) 足利尊氏 1305―1358 室町幕府初代将軍。