富田高至 編者
恩頼堂文庫旧蔵本 『仁勢物語』 39 十八丁表 十八丁裏、
和泉書院影印業刊 65(第四期) 1998年
39 十八丁表 十八丁裏
十八丁表
◯をかし斎院のなにかしと云、侍ありける、その侍の
和子鷹、いとすきにて、いつも狩しけり、その和子(わこ)
呼給ふて、御料理の夜、その家の隣なりける男、
御料理にせんと大蟹車、海老を相もちて出たり
けり、京久しく烹て出したべまいらすうち
くひて帰ぬへひかりける間に、天野酒の癖のよき
を檜木の小樽に入て、客これも物くふに、此車
海老を姫胡桃と見てよりきてかぐになす
十八丁裏
くさき男の酒をとりて、車海老、残はふし
飲たりけるをくらかりなりける人、この小樽のとも
しくやみやらん、ともし火けるなんとするにのめる
男のよめる
飲あけハ 限なるべし ともしげに
樽のにこにて なる旨をきけ
かの居たる客かへし
いとおそく なるにきこゆる 類ともしけに
みゆるものとも われかしらする
天野酒の酒、このみの歌にてハ難になりける、
小樽ハしぶ柿のおほき御なり、和子ほいなし
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
飲あけハ 限なるべし ともしげに
樽のにこにて なる旨をきけ
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
出でていなば 限りなるべに ともし消ち
年へぬるかと 泣く声を聞け
『仁勢物語』和泉書院影印業刊
いとおそく なるにきこゆる ともしけに
みゆるものとも われかしらする
『伊勢物語』岩波古典文学大系9より写す
いとあはれ 泣くぞ聞ゆる ともし消ち
聞ゆるものとも 我は知らずな
烹て (こいて 「にて」(意味は、煮て)が、正しい)
烹
にる。食材をやわらかくにる。
姫胡桃 (ひめくるみ) (日本国語大辞典)
〘名〙 オニグルミの変種で本州中部以北で栽植される。全体に小さい。 果実は扁平で表面にしわが少なく、頂端は鋭くとがり、砕けやすい。 おたふくぐるみ。めぐるみ。《季・秋》 ※新撰六帖(1244頃)六「夏山のしけみかくれのひめくるみかねて見まくのかたきこひ哉〈藤原信実〉」和子ほいなし
和子(わこ)おいなし→和子(わこ)老いなし
をかし斎院のなにかしと云、侍ありける、その侍の
和子鷹、いとすきにて、いつも狩しけり、その和子(わこ)
呼給ふて 云々
和子(わこ)は鷹。狩の時、斎院のなにがしと云う侍がこの鷹を愛し、狩の時にはいつも連れて行った。その鷹が年老いた。