金々先生造化夢 9 七丁裏 八丁表 山東京伝 作 北尾重政 画
寛政6年 版元 蔦屋重三郎
金々先生造化夢 山東京伝 作 北尾重政 画
山東京伝 1761-1816
北尾重政 1739-1820
[江戸] : [蔦屋重三郎],
寛政6[1794]序
黄表紙
一冊 19cm
読んでいるのは、早稲田大学デジタルライブラリー
ヘ13 02056 0012
七丁裏
百しやうの仙人、いねをう
ゑ、つけたん/\ そ
ざつに したがいてん
ぢよくにても、かみな
りかせのけに、十日の
あり、又、日のかぜををふ
かせて、いねにみ
をいハひんとほね
をおる、こ
れ、みな きん/\
先生らに
くハする左たいちぜん
のちやつけめ
しのために尺
ぢよくまでか大さ
ハぎ、そのしんく、また
いかな
らん
七丁裏
これハあめ
をふらせる
しかけなり、からていねい
にかいて、おとねハとしめ
なわと、みるやつさ、
八丁表
かみなりの女房ほどせ
ハしなきものハなし、
わた入ものをしかけて
いなつまとひからせる、これを
おもへバ人げんの女ぼう
がゑよう
ぐひしたり、こたつに
くびつきりはいつていたり
するはあつぶてき
なり
八丁表
「もはやそろ/\
あきの風をふ
かせよう、し
たが、にんげん
がめにハ
さやり候に
みへね
ども、かぜのお
とにぞ、おどろ
かれぬるほどゝ
みかハりに しづめておいた
あ長谷の事を思ひ
いたすであらふ、
八丁表
「これでちやうど五十か
くんだどうだのちつとしめりが
ゆきわたつたかの
七丁裏 下
わたしがみ
ふりハしゆん
くわんの
おやすと
きて、いやす、
八丁表 下
「たいこにつゞいて
ふいた/\
八丁表 中
かみなりの
太こハはごろ/\
なるが、何の
かりてはるか
しらん、大方
ひきうすの
かわかつらの
かわではる
だろふ、
わたしがみ
ふりハしゆん
くわんの
おやすと
きて、いやす、
渡し神の振りは俊寛のおやすときていやす、
そういえば、此の一、二年で『俊寛僧都物語』(影印)を読んだな。
『俊寛』か。
今一度、片岡仁左衛門丈か、吉右衛門か、三代目猿之助(二代目猿翁)で『俊寛』を見たいという衝動にかられる。
それぞれの役者の『俊寛』は見応えがあったわいな。