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菅原道眞28 御霊信仰は私の好きな菅丞相(菅原道真)が関係有り。又、御霊会に関係部会田楽について

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    菅原道眞28 御霊信仰は私の好きな菅丞相(菅原道真)が関係有り。又、御霊会に関係部会田楽について



 御霊会とは


『自社と芸能の中世』(安田次郎著 日本史ルブレット80 山川出版社)によれば、御霊信仰は平安時代始め頃から見られるようになったとの事。

 有名なのは菅原道真の天神信仰という。

 御霊は道真のように政治的に非業の死を遂げた特別の人物だけではない。

 祇園社の牛頭天王や稲荷社の髪もそのタイプだという。

 この事は水分昔にも調べておそらくブログにも書いたような気がする。

『自社と芸能の中世』自体読むのはこれで二度目である。

 菅原道真や祇園社や稲荷社などは京都出身の私にも親しみを覚える人物や内容である。

 田楽では、

   この十日余日間、京都の雑人田楽鵜をなし、互いに以って遊興。云々

 とある。

 祇園御霊会を前にして、京都では一般の市民や院宮に仕える下級職員によって昼夜を問わず、田楽が盛んに行われていたという。

 田楽は道を塞ぎ、その演奏は喧しい(かまびすしい)ものであった。

 妖言、つまり気味の悪い流言が原因かとも、宗忠は書いている。


 田楽をめぐる熱狂の影響は、白川条項や堀河天皇の周囲にまで及んだ。

   巳の時ばかり参内。始終祇候(しこう)、今日祇園会の間、禁中無人。
   仍って始終御前に候ず。(『中右記』永長元年六月十四日条)

 宮中には一日中人がいなかったので宗忠は天皇につきそう。

  「田楽五十村ばかり」

 つまり一日中かけて田楽五十組ほどが構成されて演じられたようだ。

 五十村ばかりと言うのだから、各村々から田楽を演じるものが出演し披露したのであろう。

「田楽五十村ばかり」と言う表現は伝統芸能が好きな私には興味深い。


 
 御霊信仰は私の好きな菅丞相(菅原道真)が関係しているので、記録することにした。


 菅原道眞 (道真)
 菅原道眞1 東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
 
 菅原道眞2 秀才道真、業平と親交が深かったか…

 菅原道眞3 東風吹かば… 春を忘るな・(春な忘れそ) 『大鏡』『拾遺和歌集』

 菅原道眞4 メモ

 菅原道眞 5 大宰権帥に左遷。「日本三代実録葉」完成を報告したのは、時平と大蔵善行(901年)

 菅原道眞6 菅原道真は ろ号券 五圓紙幣にも登場していた。

 菅原道眞7 手向山八幡宮 このたびはぬさもとりあへずたむけ山 紅葉の錦神のまにまに

 菅原道眞8 北野天満宮 梅花祭(御祭神菅公の祥月命日に行われる祭典) 2月28日

 菅原道眞9 北野神社 2014年2月28日 北野梅園 梅!只今五分咲きです。(4景)

 菅原道眞10『北野天神縁起(光信本)』(北野天神 宝物殿)と、 絵馬堂の絵馬 

 菅原道真11 『北野天神縁起(光信本)』(北野天神 宝物殿)「牛が動かなくなった場面」や「雷となった道真さんから歌を教えられる場面」など

 菅原道眞12 北野天満宮 2014年2月 宝物殿 『北野天神縁起(光信本)』「長谷川等伯の大型絵馬」

 菅原道眞13 神戸 北野天満宮神社では展望台では異人館「風見鶏の館」と神戸港を見る事ができます。

 菅原道眞14 八坂神社・石見神楽『天神』 東風吹かば匂いおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ

 菅原道眞 15 天神祭  花火と船能 『翁』『羽衣』『土蜘蛛』観世流   2014年7月15日

 菅原道眞 16  菅原道真 16 名がわからない天満宮と、「菅原道真公」の絵馬  「稲葉そよびて秋風のふく」  (5景)

 菅原道眞 17 太宰府「梅ヶ枝餅」 元は梅の枝に栗餅を巻き付けて道真公に差し入れたらしい。 (5景)

 菅原道眞 18 仁左衛門が太宰府天満宮で「三月大歌舞伎」(歌舞伎座)成功祈願

 菅原道眞 19 仁左衛門丈が菅丞相 通し狂言『菅原伝授手習鑑』 三月歌舞伎座 チラシあり

 菅原道眞20 『決定版 番付集成』より「日本國中 天満宮鎮座」 青木美智男編 柏書房

 菅原道眞21 京都観世会9月例会〈其のニ〉 (能) 雷電 替装束 橋本忠樹

 菅原道眞22 『観世流謡曲続百番集』『雷電』(らいでん)  445頁から454頁(10枚)

 菅原道眞23(道真)菅原伝授手習鑑- 菅丞相 役も当たり役の十五世片岡仁左衛門丈が2018年、文化功労者賞を受賞

 菅原道眞24 北野天満宮所蔵『北野天神縁起絵巻〈承久本〉』「平成記録本」全9巻 京都文化博物館 京の至宝と文化 を御観覧いただいた方が昨日だけで70名を超えておりましたので、再度記録いたします。

 菅原道眞25 一月一日の初詣は散歩がてら。家から程なく近い天満宮家から程なく近い村の鎮守の天満宮に参り、菅原道眞様に祈願する。(4景)

 菅原道眞26 丹念に予習した漢文は断念っする羽目になったが、夫の配慮で京都文化博物館『北野天満宮 信仰と名宝 ―天神さんの源流―』に行くことができ、満足した。展示内容は後日記録したい。

 菅原道眞27 『北野天満宮 信仰と名宝 ―天神さんの源流―』 京都文化会館 2019年2月〜4月

 菅原道眞28 御霊信仰は私の好きな菅丞相(菅原道真)が関係有り。又、御霊会に関係部会田楽について



   ☆ ☆ ☆
 北野天満宮所蔵『北野天神縁起絵巻〈承久本〉』「平成記録本」全9巻 京都文化博物館 京の至宝と文化

 乱読記録2012年97:『日本絵巻大成21 北野天神縁起「承久本」』解説/ 岩波古典『菅原文草 菅家後集』

 『天神縁起の系譜』「北野天神絵巻」(承久本)から巻一、巻二 須賀みほ編




北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻1


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻2


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻3


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻4


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻5


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻6


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻7


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻8


北野天神縁起絵巻 平成記録本 巻9 白描

  

『日本絵巻大成21 北野天神縁起「承久本」』解説/ 岩波古典『菅原文草 菅家後集』(7枚)

 日本絵巻大成 21 昭和54年 中央公論社より ▼



 




 

 
   



 御霊会とは
 ウィキペディアによると、御霊会(ごりょうえ)とは、思いがけない死を迎えた者の御霊(ごりょう)による祟りを防ぐための、鎮魂のための儀礼であり、御霊祭とも呼ばれている。
 御霊自体は本来はミタマの意であった。
 平安時代、不慮の死を遂げた者の死霊(しりょう)=怨霊(おんりょう)へと意味が転化する。そして、天変地異はすべて御霊の所業と考えられ、御霊に対する信仰が出来上がった。
 また、平安時代には、863年(貞観5年)5月20日、神泉苑において御霊会が行われた。

『金光明経』・『般若心経』と言った仏教経典の読経とともに、歌舞音曲や民衆参加の踊りなども行われた。
 これはこの行事が神道的な祟の除去を目的としたことや民衆の参加を許すことで政治への不満や社会への不安から目を逸らさせる効果があったからだと考えられている。
 後に各地の寺社で同様の行事が開催されて神輿渡御などの行列や風流・田楽と呼ばれる踊りなども加えられ、時期も疫病が多発する旧暦の5月から8月にかけてに集中するようになった、との事。

 宗忠神社
 宗忠神社(むねただじんじゃ)は、黒住教の教祖である黒住宗忠を祀る神社である。京都および、黒住宗忠の生地で黒住教の本部のある岡山にある。

 黒住教 黒住宗忠
 
 ひゝ家内心得之事     http://kurozumikyo.com/dogmaより

 京都の宗忠神社
 京都府京都市左京区吉田下大路町63
 黒住宗忠は嘉永3年(1850年)に歿し、安永3年(1856年)に朝廷から「宗忠大明神」の神号が与えられた。
 文久2年(1862年)、宗忠の門人の赤木忠春らが、吉田神社より社地の一部を譲り受けて宗忠を祀る神社を創建した。
 慶応元年(1865年)には朝廷の勅願所とされ、皇室や公家から篤い崇敬を受けた。明治時代には県社に列格した。

 岡山の宗忠神社との区別のため、鎮座地名から「神楽岡宗忠神社」とも呼ばれる。
 流造の本殿は明治45年(1912年)に改築されたものである。本殿の北には、二条家より遷された天照大神を祀る神明宮がある。
 他に、白山比咩大神を祀る白山社、赤木忠春(赤木忠春神)を祀る忠春社がある。


 田楽とは
 田楽(でんがく)は、平安時代中期に成立した日本の伝統芸能。
 楽と躍りなどから成る。
「田植えの前に豊作を祈る田遊びから発達した」「渡来のものである」などの説があり、その由来には未解明の部分が多い。

 もともと耕田儀礼の伴奏と舞踊だったものが仏教や鼓吹と結びついて一定の格式を整え、芸能として洗練されていった。
 やがて専門家集団化した田楽座は在地領主とも結びつき、神社での流鏑馬や相撲、王の舞などとともに神事渡物の演目に組み入れられた。

 中世以来、各地に伝わる民俗芸能の田楽をまとめると、共通する要素は次のようになる[2]。
 びんざさらを用いる
 腰鼓など特徴的な太鼓を用いるが、楽器としてはあまり有効には使わない
 風流笠など、華美・異形な被り物を着用する
 踊り手の編隊が対向、円陣、入れ違いなどを見せる舞踊である
 単純な緩慢な踊り、音曲である
 神事であっても、行道のプロセスが重視される
 王の舞、獅子舞など、一連の祭礼の一部を構成するものが多い




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