何度通った事哉、懐かしや♩「ラ ヴァチュール」のタルトタタン 京都 岡崎
学生時代は、カウンターが好きだった。
蝶ネクタイにベストの紳士の店主と、品の良いご婦人のお店のお二方に会いに行く「ラ ヴァチュール」
頼むのはいつも、タンタンタンタン♩タルトタタン
「タルトタタンはブラックで!!!」
が口癖の蝶ネクタイの主は、少し濃いめの重厚なコーヒーを手がける。
少し理屈っぽく、京都の男性といった感じがたまらなく魅力的であった。
ある日いつものようにカウンターに座ると、店主曰く、
「ケーキの果物は何かわかるかい?」
と。
私の心はまるで京都の丸善の檸檬のような衝撃的な収穫と色彩感覚に研ぎ澄まされた小説に溶け込んだような感覚に襲われた。
その頃の私、タルトタタンは作り方を知っていた。
しかし、彼の言い分を聞いてみたい。
私はほくそ笑み、店主の顔を見返した。
彼は得意になって紳士的にゆっくりと述べる。
「あははは、林檎だよ林檎。」
彼の口から放たれた「リンゴ」という言葉は、丸善の「檸檬」のように、漢字で表記する方が似合ってる。
一緒に訪れた友人と、顔を見合わせて大きく頷いた。
私が初めて食した「ラ ヴァチュール」のタルトタタンは、リンゴが塊であった。
もっとも、タルトタタンは本来りんごを二つ切りか四つ切りくらいにし、皮をむいてダッチオープンなどの鍋やフライパンで焼く。
鍋に砂糖を散ばしリンゴに砂糖とバターをまぶした物をを敷き詰める様に並べ、ほんの少しの生地を流して焼くのだから随分と焦げやすい。
焦げやすいそんな素朴で綱渡り的な焼き菓子だから、うまい。
卒業後、おばあちゃま(当時のご婦人)の体調がすぐれないとのことで、一グループに立つとたたん一個限定という事もあった。
現在、故おばあちゃま(当時のご婦人)からお孫様に受け継がれたというタルトタタンは、以前に比べ、甘さが少し控えめ。
おリンゴも細かく切り刻まれて、ケーキの中に入っている。
フライパン側の表面の後げ目は以前よりも濃いように感じる。
大きさは、2/3位になり小ぶりでお上品。
ヨーグルトがミルクカップくらいの大きさで添えられているが、これも以前は無かったものである。
そんなにお高くもなく、美術館に行っては食べることが多かった、普段使いのタルトタタン。
今は少し値もはり、甘酸っぱさが影をひそめる。
昔カウンターだった場所にはケーキが並べられ、席は無い。
店主紳士の存在感も大きかったが、店に並べられた写真は、晩年のご婦人のものだけであった。
「タルトタタンはブラックで!!!」
あの言葉は、良質の小説を読むように心地よく響いたことを今も覚えている。
せめてカウンター席があれば、昔の思い出に耽りながら、甘酸っぱさを口いっぱいに感じたかもしれないなと、店主のいない店内でほくそ笑む。
「ラ ヴァチュール」名物のタルトタタン。
タルトタタンとは19世紀末にフランスで誕生した伝統菓子のこと。
焼き型の中にバターと砂糖でキャラメリゼしたりんごを敷きつめ、その上にタルト生地を被せて焼き上げます。
食べる時はひっくり返して、りんごを上にしていただきます。
最後までお付き合いくださいまして感謝申し上げます。
ありがとうございます。