『近松門左衛門全集』より第十巻 『日本振袖始』5 近松門左衛門作
歌舞伎(市川猿之助第十二回春秋会公演『日本振袖始』猿之助、右近、玉三郎(2012))を見て、序詞の一部を読む^^
『近松門左衛門全集』より第十巻 『日本振袖始』
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3オ
体なき御かこち、何ことか御心に叶ハぬ事や候べき、折し
も大山祇(づみ)御前に有こそ幸(さいわひ)、御ぶんの息女(そくぢよ)御みやづかへ
に参らせ、叡慮(えいりょ)をなぐさめ申されよ、はや/\お受けと有
れバ、大山祇(づみ)つゝしんで、臣娘二人待候へ共、姉岩永姫ハ
かたち醜くふつゝかにて、心迄すね/\敷、親のめのさへ
うとましき生(むま)れ付、みやづかへハ思ひもよらず、妹木花咲
耶姫(このはなさくやひめ)容(かたち)心さま、姉とハかはり、女の数にも入へきは、せんじ
御かこち(御託ち)
他にかこつけて恨み嘆くこと。
「実体 (じってい) の女房の―も恋なれば」〈露伴 露団々〉
叡慮(えいりょ)
天子の考え。 天子の気持ち。
叡慮(えいりょ)
〘名〙 天子のお考えやお気持、また、御感動。
聖慮。
宸慮(しんりょ)。
叡感。
※経国集(827)一四・秋雲篇示同舎郎〈滋野貞主〉「叡慮優遊毎経過。花笑兮如二喜見一」 せんじ 宣旨
日本振袖始 近松門左衛門
序詞
天照大神に奉らる、四(う)月、九(なが)月の神御衣(かんみぞ)ハ、
和妙(にぎたへ)の御衣(みぞ)広さ一尺五寸、荒妙(あらたへ)の御衣(みぞ)広さ
一尺六寸、長(たけ)各(おの/\)四丈(ぢやう)、髻(おんもと)糸(ゆし)頸(うな)玉手玉足の
緒(お)のくり返し、神代の遺風(ゐふう)末の世に、恵をおほふ
秋津民(たみ)、ちはや振袖広戈(ぼこ)の国、たいらけく御(しろしめ)す、
天照大臣(てんせうだいじん)の御孫(みまご)、天津彦火瓊ゝ
杵(あまつひこひこほのににぎ)の尊(みこと)と申こそ
「代ゝに王(きみ)たる、始なれ、久方の日の神の御影移りし
八咫(やた)の鏡、是を見る事、吾を見るがことくせよと
の神勅(ちよく)にて神あハれみの仁の道、百王の後迄も
内待所とあがめらる、扨又、御先祖伊弉諾の尊より
御相伝の十握(とつか)の宝剣、是勇(ゆう)の形(かたち)、義の理(ことハり)、御伯父(おぢ)
素戔嗚(そさのお)の尊、たけくいさめる御器量とて、此宝剣
を預り、王を後(うしろ)見ましませバ、神璽(し)に不測(ふしぎ)の礼知有、」
三種(じゆ)の宝の神(しん)徳に、家にたのしみ、野に耕し、
手うつてうたふ土民(どみん)迄、式(のり)を超(こへ)さる玉垣(うがき)の内
つ、御国そ道廣き、 卅二臣の棟梁(とうりやう)、藤原の大祖天津(あまつ)
児屋(こやね)の臣(しん)、御前に正笏(しょうしゃく)し、王(きみ)既(すで)に宝祚の御位、天下
万民の父母たる御身、夫婦いもせの道かけてハ、王道い
かゞ行(おこなハ)れん、御心に入、御目につきたる女あらバ、夜るの御座(おまし)
に召入られ、然るべしと奏(そう)問あれバ、恥かしげに御顔を
打あがめ、二柱の御神始(はじめ)給ひし夫婦の道をこのむハ ひがごとながら、去年(こぞ)の冬豊(ふゆとよ)の明(あかり)の燎(にわび)の影。かいまみし 面影の身に立ちそひて忘れられず、露のかことに名を きけバ、大山祇(やまづみ)の臣(しん)娘とや、深山の立木野べの 草なびかぬ方ハなけれ共、引にひかれぬ恋草(ふし)の、種 を誰かハ植(うへ)そめしと、高きいやしき恋の曲(くせ)、うき世、 恨(うらみ)の御詞、児屋の臣を始、伺候の群臣(ぐんしん)一同に、こハ勿(体なき)
体なき御かこち、何ことか御心に叶ハぬ事や候べき、折し
も大山祇(づみ)御前に有こそ幸(さいわひ)、御ぶんの息女(そくぢよ)御みやづかへ
に参らせ、叡慮(えいりょ)をなぐさめ申されよ、はや/\お受けと有
れバ、大山祇(づみ)つゝしんで、臣娘二人待候へ共、姉岩永姫ハ
かたち醜くふつゝかにて、心迄すね/\敷、親のめのさへ
うとましき生(むま)れ付、みやづかへハ思ひもよらず、妹木花咲
耶姫(このはなさくやひめ)容(かたち)心さま、姉とハかはり、女の数にも入へきは、せんじ