『近松門左衛門全集』より第十巻 『日本振袖始』4 近松門左衛門作
市川猿之助第十二回春秋会公演『日本振袖始』猿之助、右近、玉三郎(2012)を見て、序詞の一部を読む^^
『近松門左衛門全集』より第十巻 『日本振袖始』
P. 388
2オ
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打あがめ、二柱の御神始(はじめ)給ひし夫婦の道をこのむハ ひがごとながら、去年(こぞ)の冬豊(ふゆとよ)の明(あかり)の燎(にわび)の影。かいまみし 面影の身に立ちそひて忘れられず、露のかことに名を きけバ、大山祇(やまづみ)の臣(しん)娘とや、深山の立木野べの 草なびかぬ方ハなけれ共、引にひかれぬ恋草(ふし)の、種 を誰かハ植(うへ)そめしと、高きいやしき恋の曲(くせ)、うき世、 恨(うらみ)の御詞、児屋の臣を始、伺候の群臣(ぐんしん)一同に、こハ勿(体なき) ひがごと (僻事) 道理にあわないこと。事実にあわないこと。不都合なこと。 冬豊(ふゆとよ) 燎(にわび) (庭燎 にわび) 祭場で焚く篝火。 「ていりょう」ともいう。 特に宮中で神楽のときに焚く篝火をいう。 神を招くとともに,照明の役をももつ。 かこと(託言 たくげん) ① ほかのことにかこつけて言う言葉。 口実。 かこと(託言 たくげん) 1 他のものにかこつけた言葉。口実。2 ことづて。伝言。
大山祇(ウやまづみ)
大山津見神(おおやまつみのかみ)は、日本神話に登場する神。
『古事記』では大山津見神
『日本書紀』では大山祇神
他に大山積神、大山罪神とも表記される。
別名 和多志大神、酒解神。
1972年8月調査では、神社本庁傘下の神社1万318社のうち、85%が「大山祇神」、9%が「大山津見神」、5%が「大山積神」と表記する。 (ウィキペディア)
曲(くせ) (癖)
1 (ふつう「クセ」と書く)
謡曲で、曲舞 (くせまい) から取り入れたといわれる部分で、1曲の謡所 (うたいどころ) ・舞所のこと。
能ではシテの動きから居曲 (いぐせ) と舞曲 (まいぐせ) に分ける。
2 他の名詞の上に付いて複合語をつくり、偏った、正しくない、などの意を表す。
「曲者 (くせもの) 」「曲事 (くせごと) 」
日本振袖始 近松門左衛門
序詞
天照大神に奉らる、四(う)月、九(なが)月の神御衣(かんみぞ)ハ、
和妙(にぎたへ)の御衣(みぞ)広さ一尺五寸、荒妙(あらたへ)の御衣(みぞ)広さ
一尺六寸、長(たけ)各(おの/\)四丈(ぢやう)、髻(おんもと)糸(ゆし)頸(うな)玉手玉足の
緒(お)のくり返し、神代の遺風(ゐふう)末の世に、恵をおほふ
秋津民(たみ)、ちはや振袖広戈(ぼこ)の国、たいらけく御(しろしめ)す、
天照大臣(てんせうだいじん)の御孫(みまご)、天津彦火瓊ゝ
杵(あまつひこひこほのににぎ)の尊(みこと)と申こそ
「代ゝに王(きみ)たる、始なれ、久方の日の神の御影移りし
八咫(やた)の鏡、是を見る事、吾を見るがことくせよと
の神勅(ちよく)にて神あハれみの仁の道、百王の後迄も
内待所とあがめらる、扨又、御先祖伊弉諾の尊より
御相伝の十握(とつか)の宝剣、是勇(ゆう)の形(かたち)、義の理(ことハり)、御伯父(おぢ)
素戔嗚(そさのお)の尊、たけくいさめる御器量とて、此宝剣
を預り、王を後(うしろ)見ましませバ、神璽(し)に不測(ふしぎ)の礼知有、」
三種(じゆ)の宝の神(しん)徳に、家にたのしみ、野に耕し、
手うつてうたふ土民(どみん)迄、式(のり)を超(こへ)さる玉垣(うがき)の内
つ、御国そ道廣き、 卅二臣の棟梁(とうりやう)、藤原の大祖天津(あまつ)
児屋(こやね)の臣(しん)、御前に正笏(しょうしゃく)し、王(きみ)既(すで)に宝祚の御位、天下
万民の父母たる御身、夫婦いもせの道かけてハ、王道い
かゞ行(おこなハ)れん、御心に入、御目につきたる女あらバ、夜るの御座(おまし)
に召入られ、然るべしと奏(そう)問あれバ、恥かしげに御顔を
打あがめ、二柱の御神始(はじめ)給ひし夫婦の道をこのむハ ひがごとながら、去年(こぞ)の冬豊(ふゆとよ)の明(あかり)の燎(にわび)の影。かいまみし 面影の身に立ちそひて忘れられず、露のかことに名を きけバ、大山祇(やまづみ)の臣(しん)娘とや、深山の立木野べの 草なびかぬ方ハなけれ共、引にひかれぬ恋草(ふし)の、種 を誰かハ植(うへ)そめしと、高きいやしき恋の曲(くせ)、うき世、 恨(うらみ)の御詞、児屋の臣を始、伺候の群臣(ぐんしん)一同に、こハ勿(体なき)