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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【3】  井原西鶴

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 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 三 人には見せぬ所 【3】  井原西鶴




かねて、そこ/\にして、塗下駄(ぬりげた)をはきもあへず、あか
れば、袖垣(そでかき)のまばらなるかたより、女をよび懸、「初夜(しよや)
のかねなりて、人しつまつて後(のち)、これなるきり
戸(と)を開けて、我うたもふ事をきけ」とあれば
「おもひよらす」と答(こた)ふ、「それならば今のことを、
おほくの女共に、沙汰(さた)せん」といはれける、何(なに)をか
見付られけるおかし、女めいわくなから、とも
かくも云捨(いいすて)て、たゞ 何こゝろもなく、「みだれし
烏羽玉(うばたま)の夜(よ)るの髪(かミ)は、たれか見るべく」と、はし
たなく、つかみさがして、つねの姿(すがた)なりしに、かの
足音(あしおと)して しのぶ女(をんな) 是非(セ日)なく、御こゝろにかなふ



 絵図にも世之介が屋根に登り、女が湯に浸かる様子を遠眼鏡を使って見ている様子が描かれている^^

      人には見せぬ所
皷(つゞみ)もすぐれて、興(けう)なれども、「跡(あと)より恋(こひ)の責(セめ)くれば」
と、そこ計(ばかり)を、明(あけ)くれうつ程(ほと)に、後(のち)にハ親(おや)の
耳(ミヽ)にも、かしかましく、俄(にわか)にやめさせて、世を
わたる男芸(おとこげい)とて、両替町(りょうかへまち)に春日屋(かすがや)とて、母(はゝ)かた
の所縁(ゆかり)あり、此もとへ銀(ぎん)見習(なら)ふためとて、つかハし
置(をき)けるに、はやしに一ばい三百目の借(か)り手形(てがた)
いかに、欲(よく)の世の中なれは迚(とて)、かす人もおとなげ
なし、其頃(そのころ)九才の、五月四日の事ぞかし、あやめ
葺(ふき)かさぬ流、軒(のき)のつま見越(こし)の柳(やなぎ)しげりて、木下(このした)
闇(やミ)の夕暮(くれ)みぎりに しのべ竹の人除(よけ)に

笹屋嶋(さゝやしきま)の帷子(かたびら)、女の隠(かく)し道具(たうぐ)を、かけ捨(すて)ながら
菖蒲湯(しやうぶゆ)を、かゝるよしして、中居(なかゐ)ぐらいの女房(にうばう)、
我(われ)より外(ほか)にハ、松(まつ)の声(こゑ)、若(もし)帰化ば、壁(かべ)に耳(ミヽ)みる
人ハあらしと、ながれはずねの、あとをもはぢぬ
臍(へそ)のあたりの、垢(あか)かき流(なが)し、なをそれよりそこらも
糠袋(ぬかぶくろ)にみだれて、かきみたる湯玉(ゆたま)、油(あぶら)ぎりて
なん、世之介四阿屋(あつまや)の、棟(むね)にさし懸(かゝり)、亭(ちん)の遠眼鏡(とをめかね)
を取持(とりもち)て、かの女を偸間(あからさま)に見やりて、わけなき事
どもを、見とがめ、ゐるこそおかし、興風(ふと)女の目に
かゝれば、いとはづかしく、声(こゑ)をもたてず、手を合せ
拝(おか)めども、顔(かほ)しかめ、指(ゆび)さして笑(わら)へば、たまり

かねて、そこ/\にして、塗下駄(ぬりげた)をはきもあへず、あか
れば、袖垣(そでかき)のまばらなるかたより、女をよび懸、「初夜(しよや)
のかねなりて、人しつまつて後(のち)、これなるきり
戸(と)を開けて、我うたもふ事をきけ」とあれば
「おもひよらす」と答(こた)ふ、「それならば今のことを、
おほくの女共に、沙汰(さた)せん」といはれける、何(なに)をか
見付られけるおかし、女めいわくなから、とも
かくも云捨(いいすて)て、たゞ 何こゝろもなく、「みだれし
烏羽玉(うばたま)の夜(よ)るの髪(かミ)は、たれか見るべく」と、はし
たなく、つかみさがして、つねの姿(すがた)なりしに、かの
足音(あしおと)して しのぶ女(をんな) 是非(セ日)なく、御こゝろにかなふ




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