ひとかたまつて人尓なる 大判錦絵 弘化四年(1847)頃 大和屋久兵衛 一勇斎國吉画 『歌川国芳展』図録より
ひとかたまつて人尓なる
人おほき
人の
中丹毛
人ぞ
なき
人尓
なれ人
人尓
なせ人
印 一勇斎
印 國吉
戯画 印
/\
三
ひとかたまつて人尓なる
人多き
人の
中にも
人ぞ
無き
人に
なれ人
人に
なせ人
文意
世の中には多くの人がいる。
しかし、まともな人は滅多にいない、という意味。
本文に「。」が付いている場合は「。」 付いて無い場合は「、」突表記しています。
(「尓」「能」などのように、助詞部分はそのまま元字で書いています)
江戸時代中期
『松翁道話』布施松翁(ふせしょうおう)著
布施松翁(ふせしょうおう)=
[生]享保10(1725) (ブリタニカ国際大百科事典)
[没]天明4(1784)
江戸時代中期の心学者。名は矩道,通称は松葉屋伊右衛門。
京都の呉服商の子に生れ,京都松原辺に住み,心学を手島堵庵,富岡以直らに学んだものと推察されるほかは,履歴未詳。著書に『西岡孝子行状聞書』 (1770) ,『松翁ひとりごと』 (96) ,『松翁道話』 (5編 15巻,第1編は 1812~14,第2編以下は 16以後) があるが,特に『松翁道話』は柴田鳩翁の『鳩翁道話』とともに江戸時代の通俗教育書の双璧と称される。
布施松翁 ふせ-しょうおう (日本人名大辞典)
1726*-1784 江戸時代中期の心学者。
享保(きょうほう)10年12月22日生まれ。
家は代々京都の呉服商。
富岡以直,手島堵庵(とあん)にまなび,近畿地方を遊説して心学をひろめた。
学風は老荘・仏教思想的色彩がこい。
天明4年7月7日死去。60歳。
名は矩道。通称は松葉屋伊右衛門。
著作に「松翁道話」など。
「松翁道話」=「松翁道話全」国会図書館にて、現在、デジタル公開中