大阪城を歩き、イランを思い出す。

一年のうちに何度も行く機会に恵まれる大阪城。
大阪城の大きな石垣を見ていますと、十度以上は一日中おりましたイランのペルセポリスの左横の、プルセポリスとしては入場料をとっては公開されてない山間に通じる空間を思い出します。(このブログでも、写真など、取り上げたことがあります)
六度ばかり行きましたイランは、日本の次に長い時間を過ごしましたので、日本の中でもイランの香りを少しでも感じますと、私にとって落ち着く場所となります。
尤も、大阪城とイランのペルセポリスは歴史的には共有することはございませんが。

写真は梅の季節恒例。夫と共に毎年訪れた昨年の大阪城です。
大阪城の梅林は咲くのが遅いので、もう少し先になりましょう。
あと、二、三週間もすれば、今年も夫とともに梅林を散歩する予定です。

名古屋城などでも多く見られますが、城を歩くと多くの城の石垣に、印が認められます。

石につけられた色々な印は、石を運んだ人、石を献上した人の印と言われています。
写真の石には、テコ痕が二つ、あります。
大阪城を歩いていても、こういった採石の際についた傷が多くついている石を多く見ます。
これは、イランのペルセポリスでも多くを見ました。

日本では見たことのない採石場ですが、イランではぺルセポリスの採石場に行く機会に恵まれました。
貸切タクシーの運転手は、初めて行ったという採石場に目を輝かし、走り回っておられました。
手頃な大きなの石を見つけて、
「妻への土産だよ。」
と笑っていた運転手。
私は日本のあちらこちらよりも、イランのどこかしこを回る機会に恵まれたのかもしれません。
* 石切り場から巨大な石を運ぶ方法(エジプト)と、イラン「スィーバンドの採石場」(17景)

先週を含めますと、最低でも連続三週間は歩く大阪城。
梅の蕾のふくらみの変化を感じつつ、イランの思い出も含めて、大阪城を歩きたいと思います。
色々な経験をさせてくれた夫に、感謝感謝。だって、大阪城を歩いていても、あれこれ思いを馳せて楽しめるのですもの。


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